「Common wealth war cemetery Yokohama」平間 明彦写真展 | 写真の専門学校 日本写真芸術専門学校

墓地概要:1951年のサンフランシスコ講和条約で、横浜市保土ヶ谷区にある児童公園が戦死者墓地にする事が決まり、1955年に英連邦戦死者墓地ができたと言われています。〜中略〜

撮影の動機:この墓地の記帳室で、私はある女性が次のような趣旨の記述をしているのを目にしました。それは、「遠い異国の地で戦死し、母国へ帰れずに異国の眠る方の心情とその方の遺族の心情を想像すると心が痛みます。」
私はこれまで何度かこの場所に来ていたのですが、これを読んだ時、今まで一体何を見てきたのかという強い反省と、自分への憤りを感じました。同時に、その記帳をした方の心に強く魅かれ、そこに人として持っている力を感じました。
今回発表した写真は、この記帳室で出会った心に対し自分がどのように感じたのかを心象風景としてまとめてみたものです。

日本写真芸術専門学校に入学しようと思ったきっかけを教えて下さい

大学生として、日々勉強しており、そのまま大学院に進学しましたが、自分が居るべき場所ではないという事が、判りました。それは、大学院にはいわゆる『天才』が居るべきところで、私のような者は違うと感じたからです。
大学時代の知り合いに演劇部に所属する女性が居て、自己表現の楽しさを知りました。私自身も写真部で、幾分か本を読んだりして写真の知識を得ていました。
親に相談したのですが、自らが学費を負担するという条件のもと許してくれたので、新聞奨学生として入学前に住み込み始めましたが、当時同じ職場にジャンキーが居て、絡まれたりしたので、危険を感じ入学前には新聞をやめて、親にお願いして普通に入学しました。(笑)。東京新聞奨学会と提携していましたので、この学校に入学しました。

在学中の思い出や心に残っている出来事はありますか?

同期だった青山くんや、五十嵐くん、宇禄くんとは、卒業後に何度かお会いしています。私の入学が他の方より遅かった事もあり。『兄さん』と呼ばれていたのを覚えています。 写真を専門的に学ぶのは、もちろん初めてだったので、現像からフィルムプリントなどは非常に面白かったですね。
2年次に『広告写真科』を選んだ理由は、写真で相手に気持ちを伝える=如何に購買を掻き立てられるか?という事とリンクしていると考えたので、広告写真を勉強しよう!と思いました。
課題で、雑誌の写真をそのまま複製(コピー)する。という事で、ライティングなどを解析して自分で同じように撮影するということをしました。学生時代にはベストな課題だったと思います。ただ当時もアシスタント時代も光の質を見る目が無く、中々難しかったのが残念です。当時はいっぱいいっぱいでしたね。

作品について教えて下さい。

-この作品はいつごろ撮影されていますか?- 実家近くの公園で、2006年頃からちょくちょく撮影をしていましたが、撮影の動機にも記した通り、女性の文章で見方が変わりました。
6×6の正方形は『調和』がとれるから。正方形は別の写真家もおっしゃっていましたが、究極なバランスで、正確に枠の中に収めたい時にはぴったりですね。またモノクロばかりでは単調で眠くなると思い、緩急をつけるために、カラーを交ぜております。刺激がありますよね。 モノクロは、過去(昔)を。カラーは現在を表現しています。また自作のフィルターを使い、1950年代の雰囲気にしたかったという考えもあります。
全ての作品には『広告』がベースに入っています。実は絵になり始めたのは、ここ1〜2年くらい前。キヤノンのフォトグラファーズセッションで立木先生やハービー先生にアドバイスをもらってからです。他にも長崎の海をテーマに撮影していた作品もあったのですが、こちらは『水平線が写っているだけで、つまらない』とバッサリ切られました。(笑)

これからの活動と目標について教えて下さい。

キヤノンのフォトグラファーズセッションで、グループ展は経験がありましたが。個展は初めて。この校友会の公募展は波木先生にご推薦頂き、応募しました。たくさんの関係者の方々や幼なじみも見に来てくれて・・・良いですね。それに、今回のこの写真展のテーマである『英連邦戦死者墓地』は、日本で初公開です。ムービーは英国の許可が必要ですし、公式には私の写真展が初となります。

作品について教えて下さい。

卒業してからはササキスタジオでアシスタントをしてから独立。今は子供モデルの宣材用写真を中心に女性モデルや声優さん、着物の専門誌などを手がけています。また、POP商品写真なども撮影するんですよ。

そんな中で、自分の作品撮りも進めていきたいですし、第3回のキヤノンフォトグラファーズセッションにも参加したので、頑張ります。

これからの活動と目標について教えて下さい。

20代後半にカメラマンを目指した時は、みんなが『遅い』『センスが無い』『頭が固くなってる』と言われ別の道に進むように勧められてきました。ですが、年齢は関係無いと思いますし、センスは無くても自分でセンスを磨けばいいと思います。大事なのは表現したいモノを見つけて写真を撮る事です。ですから年齢を理由に諦めるような事はしない方が良いと思います。

僕の中では、仕事の写真と表現したい作品はスタンスが違っていて、そこを明確にしておかないと駄目になってしまう。もちろん技術的にはリンクしますが、仕事と写真家は分けた方が分かり易いと思いますよ。

今回の平間明彦さん写真展は、日本写真芸術専門学校の校友会が、会員、準会員の皆さんに作品発表の機会を提供することを目的に、 「校友会後援 写真展コンペディション」において選ばれ、開催されました。
平間さん、おめでとうございます。

Space Jing

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