「新しき家」阿部 祐己

私の母方の実家は代々農業を生業としてきた。築83年になる母屋の建て替えが決まり、私は二つの家を撮影する機会に恵まれた。
いつもと変わらず農家は畑に通い、傍らで新居の工事が進む。ハウスに絡む蔦のように骨組みに巻き付いたコードが血管にも見えて、次第に肉を付け人の住処になっていく。まだ人の匂いがしない家も年月と共に皺が刻み込まれ、在りし日の平屋のように柱も少しずつ曲がり、いつか歳を重ねた老人のような面影を見せる日が来るのだろう。
毎年繰り返されてきた農作。農家の住処であり続けた家。ずっと続くと思っていた景色も少しずつ変わり、いつか訪れる節目。畑が広くなり冬を越えて、また新しい年がくる。 私は家と人の一生を、どこか重ね合わせて撮影していた。 

日本写真芸術専門学校に入学しようと思ったきっかけを教えて下さい?

アパレル業界で仕事をしていた23歳の頃、絵画鑑賞や古美術鑑賞等に興味があり、休日はそれらの鑑賞に費やしていました。
「絵画作品とは違った、写真でしか残せないものを自分は残せるだろうか。」という強い思いにかられて、もともと好きであった写真を撮り続けていくうちに本格的に勉強をしたい思いに変わり、大学や専門学校の学校案内やホームページで検索していたところ、カリキュラムや講師、さらには副校長先生が私と同じ長野県出身でドキュメンタリーカメラマンとして成功している事例等もありまして日本写真芸術専門学校に入学しました。

在学中の思い出や心に残っている出来事はありますか?

日本写真芸術専門学校で教わった先生方々には、いろいろな思い出があります。 特に、ゼミ担当の鈴木邦弘先生には、写真のイロハを叩き込んでもらいまして 在学中は誉めてもらうことがなかったですが、今回の個展に足を運んでいただいて「写真セレクトがいいじゃん。」の一言をいただきました。 在学中に個展を開催する際に「リズムが大切」ということを教えられたのを思い出しました。日本写真芸術専門学校で勉強したことがよかったです。 また、林憲治先生の家に遊びに行った時に歓待してもらい感謝しています。 卒業して個展をやったりしていると先輩、同級生、後輩等と縁が出来て繋がりの重要性を改めて感じることができて大変為になった専門学校生活だったと改めて感じました。

作品について教えて下さい。

作品テーマにあげている被写体は、長野県にある築83年の祖母の家です。 「解体して新しく建てる」と伯母から知らされて、私自身(作者)が生まれ育った家でもあり、私にとって普遍的な存在な故に83年の思いを残しておかねばならないと思いにかられ、撮影しました。 撮影を進めるうちに、暮らしていた人間たちの話を聞くことで家の昔の姿を思い描くことが出来ました。前回の作品で家で暮らしていた祖母を撮影したのですが、彼女の話を聞きながら古い家の最後の日々を撮影出来たのが一番の思い出です。新しき家へ建て替えを経て、人間が再び暮らすことで家の歴史が、家族の歴史が繋がっていくのだと思います。私が撮れたのはその一部分の断片に過ぎませんが、いろいろな思いで見ていただけたらと思います。

卒業してから現在までの活動と、今後の予定

卒業してから現在までの活動として、自分のテーマで撮影するために時間が必要な為、撮影のアルバイトをしながら作品を撮り貯めています。 今後の予定は、11月に大阪NIKONで「新しき家」の個展を開催します。 さらには、12月1日(月)〜7日(日) 韓国・ソウルでグループ展を開催します。

みなさんに伝えたいこと

写真が上手い、下手に関係なく、好きであれば撮り続けてください。 現実にその分野での撮影が誰より上手いということで仕事に繋がる業界です。 ですので、繰り返しになりますが継続してください。継続することにより「道」が開けます。

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