point de rencontre 2

Daesung Lee さん
daesunglee copier.jpg
Daesung Leeさんは、フリーランスのフォトジャーナリストとして、故郷の韓国を離れ、現在はパリを拠点に、カメラを手に世界各地を取材しています。
今回は、年明けからのネパールへの取材から帰ってきたばかりのDaesungさんのお宅にお邪魔して、お話を聞きました。
写真にまつわる最初の思い出は?
―15歳かそれよりも以前、家族で動物園のようなテーマパークに一緒に行った時。その時、カメラを手にしたことさえなかったのに、ふと突然、本当に突然、家族のポートレイトを写真に撮りたい、と思ったんだ。なぜかは分からないけれど。
写真を始めたのは?
―写真を撮り始めたのは、その後、高校のクラブ活動。その頃から、カメラを持って、街を歩き回りながらいろんな写真を撮るようになったんだ。
 その後、高校の最終学年で、進路を決めなければならなかった。でも、正直言って、自分が将来何をやりたいのか分からなかった。でも、写真には興味があったから、写真のコースのある大学に進学することにしたんだ。
 でも、その大学に入っても、やはり学校の勉強は自分にはとても退屈だった。机に向かう勉強よりも、もっと実践的なことをやりたかった。 だから、自分でやることにしたんだ。 アルバイトをして、旅費を貯めて、外国へ撮影旅行に行くようになった。 そうそう、その学校のよかったところは、留学制度が充実していたところだったな。 それを利用して、ウズベキスタンへ行ったんだ。 19歳かその位の頃だった。 本当に衝撃的な体験だった。 そうやって、学校の授業よりも、お金を貯めては自力の撮影旅行へ出かけるようになったんだ。 両親が僕のやることに反対せず、自由にやらせてくれたことは、ありがたかったよ。
どんなところへ行ったのですか?
―ウズベキスタンを中心に、中央アジアへ行った。それから東欧、チェコ=スロバキアやブルガリア、ルーマニア、ハンガリーなどを6ヶ月かけて回ったよ。
その頃から、もう今のような仕事のスタイルが出来たということ?
―そうとも言えるね。
 大学の卒業が近くなったことから、今まで撮った写真を国際的な写真エージェントに売ることを念頭に置くようになった。それで、まず、卒業してすぐにアイルランドに行ったんだ。
アイルランドには何年くらい?
―2年くらい。兵役中に(※韓国では男子に兵役義務がある)軍の調理場担当だったから、料理人として働きながら写真を撮っていた。
 その後、チェコにいったんだけど、そこでは仕事が無かったから、帰国してソウルでしばらく仕事をした。でも、その後またロシアへ行ったんだ。そして、またソウルに帰って、コマーシャルフォトスタジオで働いた。
旅続きですね。
―そう。人生は旅!
 そして、その後、今度はベトナムへ取材へ行った。これが、自分の今の仕事を始めるきっかけになったんだ。つまり、ドキュメンタリー写真を撮ろうと、その時決めたんだ。
なぜそう思うように?
―そこで出会った人たちが、とても理不尽な扱いを受けているのを見たから。彼/彼女らは、一日中、危険な仕事や、手間ひまのかかる仕事をしながら、わずかな賃金しか手に出来ない。そして、そうやって作られたモノは、西洋などの裕福な国で安く売られ、そんな人たちのことが思われることもなく、消費されていく。そのことを実感した。そして、こういう世界の不均衡に、自分自身も含まれていることに気づいた。
ベトナム取材が大きな転機だったのですね。
―そう。ベトナムから帰国して、スタジオの仕事を辞めて、フリーになったんだ。そして、インドネシアへ行った。そこでもやはり、消費社会のために搾取が行われていたんだ。Kawa-Ljenという活火山では、硫黄の塊を運ぶ労働者がいる。彼らは、息もできないくらいの火山ガスの中で、1日に100kg近くの硫黄の塊を肩に担ぎ、歩いて10km以上の道を往復するんだ。それで、手にする給料は1日10ドル。でも僕たちは、そのことを知らないし、考えない。でも実際にこういうことが世界中で行われているんだ。
本当にいろいろなところへ旅をしているけれど、一番印象に残っていることや、影響を受けたことは何ですか?
―そうだな。まずは高校のときに見た、クーデルカの撮ったロマの写真。なにかとても強い「氣」を感じたんだ。あのとき感じた印象は忘れられないし、撮影するときは、少なからず意識しているよ。
―そして、なによりも、旅で見たものや、そこで出会った人々、旅そのものが、自分の人生や写真に大きく影響していると思う。
 さっきも言ったように、世界には大きな不均衡があって、すべての人がそこに関与しているということを、アジアや東欧の特に貧しい地域への旅を通じて、身をもって感じたんだ。 例えば、今着ているこの服、それからこの靴、それから昨日の夕食の材料とか。 そういう自分の身の回りのものが、どこから来ているのか。 それらをたどって行くと、「彼ら」がいる。 皆、全ての人が、繋がっているんだ。 でも、ふだんは誰もそんなことは考えないし、その事実は隠されて、見えにくくなっている。 でも、そのことは、みんな考えなければならないと思うんだ。 だから、僕は写真を撮って、そのことを伝えたいと思うんだ。 そして、取材の旅をすることで、またモチベーションを駆り立てられる。
(Daesungさんの)写真のテーマでもあり、人生のテーマでもあるということ、でしょうか?
―繰り返すけれど、世界はみんな繋がっているんだ。 どこかで誰かが不当な扱いを受けていることに、世界の皆が関与している。 そのことを知らなければならないと思うんだ。特に、その不均衡によって、恩恵を受けている人たちにね。
最近は韓国で写真集を出版したり、CNNに紹介されたりしたけれど、基本的に発表する場は国際的なメディアなのですね。
―韓国には、まだ国際的な大きな写真エージェントがないからね。ただ、特に西洋のメディアの姿勢についてはいつも憤りを感じる。 西洋のメディアは見たいものしか見ないんだ。 もっとセンセーショナルな写真を、もっと強烈なインパクトのある写真を、といつも要求される。 例えば僕が、写真やブックを持っていくと、「まだ弱い!」とつき返される。 貧しい村で、子どもが笑顔で戯れている写真なんかは、欲しがらないんだよ。 もっと、飢えて苦しんでいる人のイメージを持って来いってね。 人々のごく普通の日常は伝えず、あらかじめ考えられた「悲惨」なイメージをつくっているんだ。その方が金になるからね。 でも、それは事実を伝えていることにはならない。 こういう西洋の大手メディアの姿勢に対しても、僕はこれからも闘い続けようと思っている。
旅はまだまだ続きますね。
―ネバーエンドだよ。
この後のプロジェクトは?
―そうだな、またインドネシアに行きたいと思っているよ。ペルピニャン(国際写真祭)にも参加する予定だから、そこに出す写真をまとめているよ。
楽しみです!
では、最後に、日本の学生へ向けて、メッセージをお願いします。
―うーん。 特に、ドキュメンタリーを撮ろうとする人へ向けて言いたいのは、まず、メディアを鵜呑みにしないこと。自分の目で確かめること。自分で経験することが、一番大切。 ドキュメンタリーは自分自身の体験を通して学ぶものだよ。
 次に、自分独自の視点を身につけること。 どうやって物事を捉えるのか、ということ。 それは学校で習ったり、教えてもらえることではないから。 そして同じく、自分独自の写真のスタイルを持つこと。似たようなテーマや被写体に取り組む写真が溢れている中で、自分の画や見せ方のスタイルを作っていくことも大切だね。
 そして、モラルを忘れないこと。 自分の都合で、出会った相手を恣意的に利用することがないように。 パパラッチはだめだ(笑)
 それから、できるだけ時間をかけて、より深く相手を知ることも大切。 時間をかけて、あるいは回数を重ねることで、より深く見えてくるものがあるから。
 そして最後に、もうひとつ別の仕事を持つこと!(笑) あはは、でも本当に、まずは自分が食べていかなきゃならないからね。 写真で生活するのは簡単なことじゃないのだから、ちゃんと生計を立てる方法を考えなきゃ!そうだろ?
大切です。本当に(笑)
ありがとうございました!
Daesungさんは、仕事や写真の話になると、とても熱心に、時にはアグレッシブな言葉で自分の思いを熱く語ってくださいます。一方で、ご本人の言葉にもあったように、Daesungさんは仕事仲間に限らず、出会った相手を大切にしようと、とても細やかな気遣いをなさる方です。
Daesungさんは、パリのエージェンシー(Sipa Press)での仕事のほかに、昨年末、韓国でご自身の3年間の取材を基にした写真集“Dark Land, Bright Hope”を出版されました。2007年から約3年間、ベトナム、インドネシア、インドを巡り、天然資源開発と現地の労働者、その家族の生活を追った一連の写真に、ご自身のことばが編みこまれています。目の前の相手を見つめるDaesungさんのまなざしは、熱くて情熱的な言葉とは対照的に、じっと静かに見つめているような、そんな印象でした。
そしてインタビュー直後、彼が現在籍を置いているエージェントから連絡があり、新たにスイスの新聞にDaesungさんの記事が掲載されたとのことでした。次の取材の旅へももうじき出発予定とのこと。彼の「人生は旅」という言葉通り、これからもカメラを手に世界を飛び回ります。
DaesungさんのHP: http://www.indiphoto.net/
CNNでの掲載ページ: http://cnnphotos.blogs.cnn.com/category/daesung-lee/

point de rencontre 1

こんにちは。
ここでは、わたしがフランスで出会った写真の仕事をする人たちに聞いた話を、みなさんと共有できればと思います。
タイトルは、フランス語で「接点、合流点」という意味です。
**第一回目**
Anne-Fredrique Fer さん& Samuel Hence さん
R0015123.gif
ふたりは、自身もそれぞれ自分の作品を撮り、発表しながら、パリ市内の展覧会やイベントを紹介するウェブサイトを共同で運営する仕事などをしています。
インタビューをさせてもらったときは、ちょうど二人ともパリ10区市庁舎での写真展の期間中でした。
運良くお天気だったので、賑やかなカフェのテラスに陣取って、ビールとガトーショコラ+コーヒーとカフェオレを注文して、ゆるやかに本題へ。
—まず、現在の仕事やプロジェクトのことを簡単に教えてください。
Samuel (以下、S):まず今は10区市庁舎での写真展。それと、Nantesというフランス西海岸(彼の出身地 )で、森の中の自然と人間の関係をテーマにした写真を撮り始めている。
Anne-Fredrique(以下、A):私もいま10区市庁舎の写真展。それから、ずっと進めているのが、私のウェディングドレスをテーマにしたプロジェクト。その作品の第一部は、La Halle Freyssinetという、SNCF(フランス国鉄。日本で言うJR。)が昔使っていた古い建物で、モデルを呼んで撮影したの。私の「結婚感」を表そうとしていて、ドレスは掛けられた状態のままで、モデルには黒い衣装を着てもらった。この第一部はさらに7つのパートに分かれていて、それぞれのパートは3枚の写真で構成されている。それらがクロノロジーになっているわけ。この第一部は”déliée”というタイトル。
第二部はまさにいま準備中。狩猟博物館で撮影しようとしている。博物館のコレクションの中でウェディングドレスを撮る。大きな動物と一緒にね(笑)
いま、許可を撮っているところだからもうすぐ返事がもらえるはず。
そして、このあとに第三部が来て、三部作になる予定。
S:複雑な作品だね(笑)
A:(笑)第一部はもうすぐ撮影が終わるところ、第二部は準備が整うところ、第三部はまだ頭の中。場所の許可取りで、いまはその返事を待っているところ。
—Samuelのプロジェクトは、なにがきっかけで始めたのですか?
S:両親がNantesに住んでいて、最近海岸沿いに別荘を買った。そこは、ビーチと森に囲まれていて、そこのランドスケープに惹かれて撮り始めたんだ。モノクロでね。タイトルは”Signs of Life”。
でも、いまの写真展に出展したシリーズは全く違っていて、こちらは大きな都市で撮影した。こちらは”Lights of City” というタイトル。このシリーズはiPhoneで撮影したんだよ。
—いつもはデジタル?フイルム?
S:時によるね。作品によって変えている。
A:私はいつもフイルムだけ。いつも私のMamiya C330!Mamiyaは日本のカメラでしょ?
—そうそう(笑)特別な理由はあるの?
A:Mamiyaの四角い画面で撮りたいのとね。私のMamiyaを愛しているから(笑)
3人:(笑)
—今度は過去のことで質問なのですが、写真に初めて興味を持ったのはいつですか?最初の出会いを教えてください。
A:私は15歳の時に写真専門の高校に通い始めたこと。そのとき家族とベルギーに住んでいて、そこには高校で写真を専門に学べる学校があったの。
—15歳はとても若いけれど、なぜ写真を専門にしようと?
A:うーん。分からない。たぶん、祖父の影響だと思う。彼はよく写真を撮っていたから。私はいつも映像、イメージに関わっていたいと思っているの。祖父は、私に初めてのカメラを与えてくれた人だから。私が8歳のときだった。
—それがMamiya?
A:ううん、違う(笑)でも日本製のコンパクトカメラだった。
—その学校ではどんなことを学んだのですか?
A:技術的なことがほとんどだった。撮影から暗室作業やスタジオ撮影も。いろいろな機材で。モノクロもカラーも、ひと通りやったな。
—Samuelは最初に写真を始めたのはいつでしたか?
S:初めてというと、うーん、そうだな15歳くらいの時かな。と言っても、作品を撮りたいなんて思っていなくて、バカンスの思い出や、家族の写真を僕が撮っていたっていうだけのこと。10代の間はずっとそんなふうに、家族の写真を撮っていたよ。
その後、2001年にパリで暮らし始めたころから、写真の夜間クラスを受講し始めたんだ。だから、自分の写真を撮り始めたのはその頃ということになるかな。Anne-Fredriqueとは同じクラスで知り合ったんだよ。アトリエ・ボザールのコースで、2006年頃だったかな。
—パリへは仕事のために出てきたのですか?
S:そう。会計士をしていたんだ。全く違う仕事だね。
—なぜ写真のコースに通い始めたのですか?
S:父親が古いレフレックスカメラをくれたことがきっかけかな。24、5歳くらいのときだった。家族の写真も相変わらず撮っていたけれど、だんだんと、もっと別のいろいろなものも撮りたいと思うようになったんだ。自分の写真をもっと上達したいと思うようになった。とはいえ、やはりあくまで趣味として撮っていたけれど。プロとして写真の仕事をしようなんて思っていなかったよ。でも、10年経ってみたら、この通り(笑)
A:(笑)
S:頭がおかしくなったんだな(笑)僕らは狂ってる(笑)
A:私は19年経ってから(笑)
3人:(笑)
—でも、どうして写真を生業にしようと?変わるきっかけは?
S:うん、会計の仕事がとても退屈だったから。魅力を感じなくなってしまったんだ。そんなふうに、仕事では何か変化が必要だと思い始めた一方で、写真はずっと好きだった。写真の夜間コースも相変わらずずっと続けていたしね。
A:私はこれまでずっとイメージに関わる仕事をしていた。最初から特にフォトグラファーになりたかったわけではないけれど、でもいつもイメージ(写真や映像)に関わってきたの。写真の専門高校を卒業した後、こんどはSupinfocomという、コンピュータグラフィックを専門に学ぶ大学で技術を学んだの。3Dやアニメーションなどの特殊効果などなど。その後、広告の映像のポストプロダクションの仕事を始めた。その仕事は4年間くらいかな。そして、2005年からは写真の仕事だけをしている。
—-写真の仕事を始めてから、写真のスタイルや考え方は変わりましたか?
A:自分ではわからないけれど、やはり変化はしていると思う。私はいつもプロジェクトを決めて撮影をしているんだけど、そういう意味で、方法は変わっていない。カメラもずっと同じMamiyaを使っているし。四角く、反転して映る画面を見て撮影している。見ているものも変わっていない。けれど、そうやって同じ方法で撮っていても、最終的に出来上がってくる写真は変化しているの。
S:僕は分からないな。変化というよりも、常に進化し続けているという感じだな。ほぼゼロから(写真を)始めたからね。
—-この記事を見る人も、写真を始めたばかりの若い学生が多いと思います。日本では写真美術館は少ないし、チケットの値段も高かったり、特に地方では写真に限らず美術作品に触れる機会が少ないのですが、それについてどう思いますか?
S:フランスではそうでもないかな。美術館もギャラリーもたくさんあるし。チケットは高いところもあれば、安いところもある。写真のフェアーやフェスバルも沢山開催されている。入場料が無料のイベントもたくさんあるよ。
A:でも高いところは高いけれどね。企画展になると10ユーロ位するところだってあるし。最近はどんどん値上がりしている。フランスでも、地方では美術館もそれほど多くない。
—-子どもの頃は、写真などの作品に触れる機会は沢山ありましたか?
A:いいえ。10歳のころはアルルに住んでいたこともあったけれど、国際写真フェスを見に行ったことは無かった。(写真祭の)存在は知っていたとは思うけれど。そういうのは自分から観るようになったの。特に両親に美術館に連れて行ってもらったことはなかったな。
S:僕も同じく。休日にパリに来てルーブル美術館に連れて行ってもらったことはあったけれど、特に写真作品を集中して鑑賞したことはなかった。やはり、自分から美術館に足を運ぶようになったね。
—-では、将来のことについて質問です。これからやりたいことは何ですか?
A:続けていくこと。ギャラリーを持つことや、アーティストレジデンスや、いろいろな夢がいっぱい。
S:僕もまったく同じ。
A:継続ね。
S:写真の仕事を始めてから、日々の仕事のなかでも少しずつ変化や進化をし続けているけれど、同時にやらなければならない事もどんどん増えているような気がしている。自分をより磨いていくために、ね。
A:その通り。それから、人との出会いも。たくさんのプロフェッショナルとの繋がりも広げていきたいね。
—-では最後に、日本で写真を学ぶ若い学生たちにメッセージをお願いします。
A:自分の直観を信じること。自分でいいと感じたことを信じること。他人や流行に流されるのでなく、自分を見失わないこと。他人の人生でなくて、自分の人生だから。
S:僕もそれに同意。それから、写真の歴史を知ること。それは、現代のことを理解するために必要だと思うから。
A:確かに。それから、写真に限らず、いろいろなアートワークを観ることも大切ね。
—-どうもありがとうございました。
この日は天気が良かったので、日光がさんさんと照りつけるテラス席で話を聞きました。刺さる日差しがいくらまぶしくとも、カフェのテラス席を愛するフランス人。写真の表情もまぶしそうですが、終始なごやかに話をしてくださいました。
二人が参加した写真展は、無事に終了。これからまたそれぞれの仕事とプロジェクトに戻ります。
先月初旬のパリフォト期間中は、パリ市内各地で写真イベントが開催され、二人はそれぞれプレスで参加していました。
これからやりたいことが沢山と言っていた二人。Samuelは日本でワークショップに参加したり、実施したりもしてみたい、と言っていました。遠からず実現するのではないでしょうか。そのときは、みなさんもぜひご一緒に。
**リンク(いずれもフランス語)**
Anne-FrederiqueさんのHP: www.annefrederiquefer.com
SamuelさんのHP: http://samuelhense.fr/
二人が記事を書いているパリ展覧会情報サイト: www.francefineart.com
文責: 中井涼子

パリ写真展めぐり

今日は、写真学校時代の友人がパリに来たので、写真展巡りに行きました。
パリは写真だけでも、大きな美術館から小さなギャラリーまで数日ではとてもまわりきれないぐらいあります。ちなみにフランス国民の趣味、第一位は写真だそうです。
明日、友人はドイツに向かうとのことで時間が限られていたので、とりあえず隣接したギャラリー3カ所だけ行くことにしました。
rgtq.jpg
ヨーロッパ写真美術館 Maison Européenne de la Photographie
マレ地区にある古い邸宅を改装してできた美術館だそうです。ここには図書館もあります。ちょうど私が行った時は、Jane Evelyn Atwood の初期の作品からわりと新しいハイチを撮った写真まで年代ごとに展示してありました。また、となりの部屋では戦争写真のオムニバス展示をしていました。これは、ナクトウェイなどわりと有名どころで見た事のある写真ばかりでした。
8eee.jpg
polka galerie
ここは、写真雑誌polkaが開いているギャラリーで、ちょうどこの時は、NY9/11に関連した写真展を開催していました。会場は奥と表で2つあります。ついこの間までは、森山大道写真展をしていました。
qrっgr.jpg
Musée des Arts Derniers
ここのギャラリーは、Malick Sidibé 氏の作品を扱っていてこの時も、アフリカをテーマにしていたモニュメントの展示をやっていました。polka galerieと同じとおりにあるギャラリーなので、polkaに行く時は必ず寄ることにしています。ここのオーナーは話好きのひとらしく、写真を買いにきたわけでもないのに、展示してある写真以外に 奥からさまざまなオリジナルプリントのブックを持ってきて見せてくれました。
qrgqgr.jpg
rgq3g.jpg
DSC_5846.jpg
そして、最後はOdéonにある写真集屋La Chambre Claireで写真集を買いました。
ちなみに今日買ったのはこの2冊。
それぞれのギャラリーのHPはこちらです。
Maison Européenne de la Photographie
http://www.mep-fr.org/default.htm
polka galerie
http://www.polkagalerie.com/home.php
Musée des Arts Derniers
http://www.art-z.net/expos_en_cours.htm
La Chambre Claire
http://www.la-chambre-claire.fr/photo-cinema/index.php?cPath=1

アルル•ペルピニョン写真祭

フランスに来て1年3ヶ月。今年も写真祭の季節がやってきたので参加してきました。
アルルは2度目、ペルピニョンが初参加。
写真祭に行く前夜、フランス留学制度一期生でもある Ken Daimaruさんに前夜祭(?)を開いてもらいました。
っffds.jpg
カフェにて。
えfげw.jpg
fmlaf.jpg
その後、自宅で手料理をごちそうになりました。
rgqg.jpg
料理を待つ間、写真集拝見。
げ.jpg
ちなみにこんなセレクション。
今回は時期的にアルルのオープニング期間はすでに終わっていため、ペルピニョンが本命。
写真の見せ方、写真祭の様子など、色々なお話を聞くとこが出来きました。
8月28日アルル到着
qgっっr.jpg
gtwgfwq.jpg
今回の写真祭めぐりには、写真学校時代の同級生でもある友人、kimura hajime 氏も同行。
qっg.jpg
彼は今年のエディ•アダムスワークショップにも参加するとのこと。卒業して数年たった今でも、こうして写真を続け、なおかつ活躍する友人がいるというのは、とても良い刺激になります。
ちなみに彼の撮る写真は、ここから見れます。↓
http://hajimekimura.net/
今年のアンコールフォトフェスティバルにも彼の作品はスライド上映されるとのことで、とても楽しみです。
http://www.photographyforchange.net/pdf/ProgramPreviewAPF%202011-Eng.pdf
http://www.photographyforchange.net/index.html
げqgqれg.jpg
開催中の写真展を観覧したあと、画家であり、写真家としてでも有名な Peter beard 氏の滞在したホテル立寄りました。ここのホテルでは、 泊まらずしもロビー内で彼の作品と直接壁に書かれたメッセージをみることが出来ます。
DSC_01qgrg46.jpg
ホテルのサイトはここから見れます。↓
http://www.nord-pinus.com/beta/#/fr/intro/
qgっr.jpg
その後、本屋に立ち寄りました。ここは、写真集の品揃えも豊富なのでアルルに来た時は必ず立ち寄ることにしています。隣の建物は写真展会場にもなっているのですぐ発見することが出来ます。
DSC_qg0196.jpg
アルル滞在最後の夜、ホステルではこの期間、写真好きなひとが世界中から集まってくるので写真の話で誰とでも盛り上がれます。(注•どこでも英語が必須です…)
その後アルルから電車で約4時間弱、ペルピニョンに到着しました。
qgrg.jpg
ペルピニョンは、ちょうどファスティバル期間中だったこともありすごい熱気でした。この期間、世界中から報道、ドキュメンタリー写真関係者が集まります。そういった意味では、アルルより写真のジャンルは狭いですが逆にとても濃い印象です。
げqげ.jpg
各写真展会場では、写真家が決まった時間に訪れて自身の作品について話をしてくれます。丁度この時は、Pierre Terdjman 氏でした。
DSC_02qgrくぇ77.jpg
qgrくぇg.jpg
期間中は、毎日さまざまなイベントがあります。写真展は、アルルと違い、どこも無料で入れますが、ペルピニョン写真祭では、60ユーロ払って参加するプロフェッショナルウィークというものがあります。これに参加すると、各ブースの写真エージャント、コレクティフなどに写真をみせて売り込みにいくことは、もちろんのこと討論会や勉強会などに参加出来たり、直接写真家の話が聞けるなど…盛りだくさんです。ちなみにここでも、英語が共通語です。
DSC_rqっg0292.jpg
また、毎晩夜は遅くまでスライドショーイベントがあり、今年のペルピニョン写真祭の各賞の受賞者の発表が行われます。ちなみに今年の各賞の受賞者はすでにHP上にアップされています。↓
http://www.visapourlimage.com/visa_dor_awards.do
qdwd.jpg
旅の最後、偶然、写真学校時代の同級生(右)と会いました。やはり、写真の世界は広いようで狭いです。
gqrっgr.jpg
何点か写真展会場をまわったあと、急遽またパリに戻る用事が出来てしまったため結局途中で帰る事になりましたが、とてもよい経験になりました。

動画初掲載

この度、オリンパスのサイトに写真と映像を組み合わせた動画がアップされました。
http://fotopus.com/style/photocinema/
同じく、Youtubeにも掲載されています。

宜しければご覧ください。

写真展のお知らせ

オリンパスプラザ東京・大阪にて、マイクロフォーサーズ オリンパス・ペン(E-P1) で撮影した写真展を行います。
グループ展で素敵な写真が観られますので、色々なジャンルの方にお勧めです。
お時間がありましたら、ぜひいらしてください。
私は初日と17−19日、そして大阪に行きます。
いらした方はぜひ声をおかけください。
http://olympus-imaging.jp/event_campaign/event/photo_exhibition/090730_ep1/
ph01.jpg
よろしくお願いします。

フランスの結婚式

結婚という形をとらなくても二人が堂々と一緒に暮らして行ける国、フランス。
そんな環境の中で、子供が産まれて2年目に結婚することを決めた友人二人。
結婚式はフランス中部の田舎町で行われた。
一生を共にする決心をした二人のための空間。
私は結婚式を撮影することが、とても好きです。
なぜなら、2人の幸せを願う家族や友人を写真におさめられる至福の時だからです。
marriage34のコピー.jpg
Olympus E-3 ZUIKO DIGITAL 12-60mm F2.8-4
marriage30のコピー.jpg
Olympus E-3 ZUIKO DIGITAL 12-60mm F2.8-4
marriage33のコピー.jpg
Olympus E-3 ZUIKO DIGITAL 12-60mm F2.8-4
marriage31のコピー.jpg
Olympus E-3 ZUIKO DIGITAL 12-60mm F2.8-4
marriage27のコピー.jpg
Olympus E-3 ZUIKO DIGITAL 12-60mm F2.8-4

読書004

F・ナダール 大野多加志・橋本克巳 編訳 「ナダール 私は写真家である」筑摩書房
内容:
主に「パリ・フォトグラフ」誌に連載された記事の編訳であり、ナダールの入門書。
ナダールの性格を垣間みることができる、肖像写真が盛り沢山の一冊。
気球にかける情熱を持ち、スタジオ経営者として感情的になったナダールには何か自分に似たものを感じます。これだ!と思ったテーマに対して無我夢中になるところは、写真を撮る者はいつも感じているところなのではないだろうか。
肖像写真を撮影する際には、当時のような新鮮な感覚を忘れずに撮り続けたいものです。

読書003

今橋映子「ブラッサイ パリの越境者」白水社
内容:
ブラッサイを20枚の写真で紐解く。
プロローグからエピローグまで順序よく読むことによって、ブラッサイを知る。
ブラッサイ=写真家 には収まらない。
感想:
「夜のパリ」と「落書き」の写真を東京都写真美術館に観に行って以来、またもやブラッサイの衝撃に合いました。一枚一枚の説明には歴史背景や彼の友人達との関係も読み取れます。ピカソ美術館をフランスとスペインで見てきた私としても、これは必読でした。

読書002

大島健二/佐俣ユミ 「Le Corbusier マンガ ル・コルビュジエの生涯 (立志編)」エクスナレッジ
内容:
建築家ル・コルビュジエの考えや生き方を漫画で表現。
感想:
これを読んで、今という時間がいかに貴重であるか再認識しました。
コルビジェの近代建築を知る意味でも分かり易いですが、何より彼が何を見て何を感じていたかを知ることができるのが面白いです。

1 / 3123
▲ページの先頭へ戻る