サバ 1 ・ クンダサン 

マレーシア半島から東へ。
 
世界で3番目に大きいといわれるボルネオ島に上陸。
 
今回はサバ州。
主立った民族だけで32民族、細かく言えば52とか72民族とかいわれてます。
言葉もたくさん。
サバひろし。
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今回も人を紹介してもらい、いろいろとアレンジをしてもらいました。
ジェフェリーさんと、コハディさん。
彼らはこのサバを知り尽くしているようで
「たった数週間じゃサバは回れないよ。
 だけど、限りある日数でこのサバの名所を紹介してあげる。」
とのこと。
 
KLからコタキナバルへ着いて直接彼らに会ったので、
コタキナバルの街はそんな見れませんでした。
が、
こりゃ、他の街と比べて確かに都会です。 
 
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ということで、1カ所目。
 
コハディさんの地元はキナバル山の麓、
ドゥスン(Dusun)族のいるクンダサン(Kundasang)のシニシアン村(Kg. Sinisian)へ。
 
ここは東南アジア一高い山、
キナバル山(4095m)の登山口から少し行ったとこにある村です。
コタキナバルから車で約2時間、到着すると寒い! 寒いっ!!
なんと!?
マレーシアにいて寒いなんて、どーいうこと??
と思うと標高1200mだそうで、まるでネパールかどこかの山の村へ来たかのよう。
 
この村は伝統的な音楽や踊りでも知られていて
ちょうどこの時はKLからのお客さんが来てて、子供たちが演奏してました。
「ティンギ ティンギ〜 グ〜ヌン キナバル〜〜〜♪」って、
たっかい、たっかいキナバル山の意味。
聞いてるだけでキナバル山が頭に描かれていきます。
なんと、ほんわかミュージックでしょか。
 
 ソンポトン。雅楽の笙みたいです。
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正直誰が地元の人で、誰がKLの人か全く分かりませんが、
踊りの時になにやら鳥のように翼を羽ばたかせて舞っていると思ったら
どうやらあれは、
鷹の舞。
 
昔々あるところに、稲を育てているおばあちゃんがいました。
毎日、毎日、ツバメだの小さい鳥たちにおいしい稲を食べられてどうしたものか。
空を見上げると、そこには鷹が気高く飛んでいます。
あ、小さい鳥は鷹を怖がるんだ。
そう思ったおばあちゃんは、自らの手を鷹の羽ばたきに合わせ踊ったそうな。
 
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朝。
まだ夜が残る時間に泊まらせてもらっているジミーさんとともに
キナバル山の見える丘。へ。
 
とわいっても、寒いのなんのって。
いや、日本では、、
そうでもないでしょうか。 15度くらいらしいです。
マレーシア慣れしている自分には凍えそうです。
 
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急な丘を登るにつれて朝が始まってきます。
 
雲に半分顔を隠したキナバル山は、
陽光を受け始めると瞬く間に晴れ渡り、その雄大な姿を見せてくれました。
なんと、まあ神々しい山でしょうか。
こらまさに父なるキナバルですね。
  
ぼーっと、移ろいゆく美しい景色に見とれていると、
朝日の昇る彼方から風が走ってきます。おそろしく気持ちいいです。
あれ?
たしか、自分も空飛べたんじゃなかったけ?
キナバル山へ飛んでいこう。
とも思わせるほどの風。 
 
ここがマレーシアだとは本当に、ホントに信じられません。
 
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先祖たちは言った。
「我らドゥスンは死んだ後、魂はキナバルへと上る。」 
 
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この道は日本軍がボルネオ島に上陸した時に
コタキナバル〜サンダカンの道を建設した時に造った軍道です。
昔は車ではなく馬しか通れなかったらしいです。
 
ちなみにこの道が出来る前は
村人はここで穫れる煙草と海岸のほうの塩を物々交換するために
1週間くらい歩いて行ったそうです。
途中、首狩族であった彼らは他の民族と会ったら、、、と思うと大変でした。 
 
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朝ご飯にはロティチャナイ。
インド系の料理。
しかし、ボルネオ島のサバ・サラワク州にはインド系がすごく少ないため、
味がマレー半島のロティチャナイとは全然違います。
もっとこう、小麦をそのまま水とこねて作ったかんじです。
 
まったく、この清々しい朝はなんでしょうか。
やっぱり気温が違うと朝さえもさっぱり。
 
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早朝収穫した新鮮野菜を街へ送る準備をしてました。
なんせ、このおそらく20数度の気温。
野菜もそりゃ元気。
KLにて毎回買う野菜たちとは大違いのフレッシュ感。
ああ、そういえば新鮮野菜とはこんなにもおいしそうだったけ。
と、いつもしなった野菜を買ってるので忘れてました。
 
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サバ州の旗もキナバル山。
 
ここ、クンダサンでは涼しい気候を利用して
約20種類の野菜が作られているそうです。
KLもこれだけ野菜がおいしそうならいいのに。 
 
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ブーゲンビリアは今が満開の季節らしく、やたらキレイ。
あ、
これもだ。
花さえも半島や暑いとことは比べものになりません。。
気温とはすごいですね。
 
クンダサンは基本山なので、斜面を利用して耕作をしています。
数十年前までそこら中森でこんなに畑は多くなかったそうです。
民家も数十軒。
ところがどっこい、近代化の波はだれにも止められないようで
谷底の川周辺を除いて、いたるところに畑と畑と禿げ山。 
  
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今のシーズンはおそろしく乾期。
約4ヶ月間雨が降っていないそうです。
 
歩いてみるとものすごく良く分かりますが、土がバキバキのカラカラ。
さすがに、雨が降ってほしいです。
 
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谷底の川はキナバル山からの水。
冷たくて、ひやっとして気持ちいいです。
 
昔の人は竹で家を建てたり、今も楽器には竹を使ってたりと、
彼らにとって竹は重要なもの。
だから自分の竹林の目印に赤い布を付けてます。
もし持ち主の了解なしにこの赤い布を越えて竹を穫ると、、、
あれです。
そりゃ、だめってやつです。
イスラム教徒に改宗した彼らもちょこちょこと昔の風習が残っています。  
 
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傷口に塗ったら良い何やらの実。 
 
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クンダサンには戦争の後があります。
 
デスマーチ・サンダカン死の行進。
 
1945年、イギリス兵とオーストラリア兵の1000人以上が
劣悪な環境の中日本軍に数百キロ歩かされ、
虐待、強制労働、衛生環境の悪化、栄養失調などにより、
最終的には途中脱走した6名を除く全員が亡くなりました。
 
その戦争記念公園がここにあります。
 
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夕方、谷底の川へ行くと、
あの楽器を演奏してた子供たちが泳いでました。
っても、間違いなく冷たいし、寒いです。
さすがの子供たちもガタガタ・・ガタガタ。。
 
帰り道、日も落ちて辺りはすでに薄暗いなか、
楽器に使う竹を担ぎ、やたら急な斜面を裸足身軽にで登るこどもたち。
やります。地元っ子はやはりすごい。 
 
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先祖たちは言った。
 
「キナバルはいつも私たちと共にある。
  
 キナバルは私たちが何をしていても、どこへ行っても、いつも見守ってくれている。
 
 キナバルは私たちの全て。」
 
ドゥスンの民はいつもキナバルを父のように慕っていたのでしょう。
 
しかし、今の彼らはイスラム教徒。
聞くところによると、今はキナバルには行かず天国へ行くらしいです。 
 
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クンダサン村からミニバスを乗り継ぎ
ルアンティ村(Kg. Luanti)のタガル・リバー(Tagal River)へ。
 
え〜っと、タガルの意味はたしか
もう魚穫っちゃだめ。
の意味だった気がします。 
 
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フィッシュ・マッサージとか聞いた事がある人もいると思います。
あのちっこい魚がくすぐったいくらい、ちびちびと角質を食べてくれるやつです。
 
ところがどっこい、
ここの魚はそんな小さい魚ではありません。
デカイ!です。
ちょっと小さい鯉のようなこの魚。
 
元々こんな魚ではなかったのですが、
オーナーがここの魚を訓練して出来るようになったんだとか。
 
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フィッシュ・マッサージスパに飽きたら
これも良いかもしれませんね。 
 
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サバのお茶畑。  
  
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毎朝8〜12時にお茶摘みするようで、到着がちょっと遅かったです。
 
全部で12区画あるこのお茶畑。
1年中収穫できるため、1区画を1ヶ月単位に分けて収穫をしてます。
 
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ここにも、クンダサン死の行進の記念碑がありました。 
 
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おばちゃんと一緒にミニバスが来るのを待って、
一度ラナウ(Ranau)へ行き乗り換え。
 
ここにはフィリピンから来た人たちがやたらいました。
雰囲気が明らかに半島の田舎とは違います。
ちなみに、クンダサンより少し標高が低いこのラナウ。
もうすでに、清々しい風は吹いてきません。
村人が言ってました、
あの風と気温はクンダサンだけなんだよ。って。 
 
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伝統音楽で知られているここクンダサン。
そりゃ楽器職人もいますね。 
 
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この人、
師匠はいないらしくて、全て自己流で作ってます。
手際よくキーボードを頼りに音程を合わせていって
奏でる音楽もプロ。
マレーシアでもちょっと名のある人らしいです。
 
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子供も、ありゃ身体にしみ込んでるんでしょう。
「ティンギ ティンギ〜 グーヌン キナバル〜♪」
をやってました。 
 
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いろんなとこから頼まれて楽器を作ってるらしいです。
この時は木琴ならず竹琴と、ソンポトン。
 
自分も横笛をチャレンジしましたが、
まったく低音が出ず。
ひゅーーーー、ふーーーーーー、すーーーーって
息が竹の中を通っていくだけ。
 
と思ってたら、横笛もらってしまいました。
ありがとうございます!
練習します。
きっと日本に帰ったらキナバルの音楽も奏でられることでしょう。
 
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毎日、一刻と同じ表情を見せないキナバル山。
この日の朝は雲に覆われていました。 
 
しかし、朝ご飯を食べてると
みるみるうちに快晴。
 
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と思ってたら、移動です。
 
さよならキナバル! 登りたかった!!!! 
突然ですが、ドゥスン語。カタカナで書くため実際使う時は発音に注意です。
 
ポンシコー → ありがとう
ミヤガル  → どういたしまして
 
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ポンシコー! キナバル最高!  
 
クダットへ続く。 
 

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