ディパバリ

10月17日はヒンドゥー教のディパバリ(Deepavali)でした。
これは日本でいうところの新年みたいなものらしいです。
今回はインド系マレーシア人の敬虔なヒンドゥー教徒、
ムニアンディさんお宅へおじゃましまして、
マレーシアのディパバリを直に体験しに行ってきました。
彼ら曰く、今年はヒンドゥー教の暦の中で300年に一度あるおめでたい年らしいです。
 
クアラルンプールからバスで約2時間のマレー半島ペラ州のビドール(Bidor)まで行き
家族に向かえに来てもらって家のあるスンガイ(Sungai)まで行くことになってました。
しかし、これまた最近はガイドブックが使い物になりません。
行く場所、行く場所がローカルすぎて載ってないです。。
 
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向かえに来てくれたのは末っ子のプラカーシュ。
プランテーションをくぐり抜けながら家に向かう途中、家族の事についてちょっと聞きました。
8男5女の大家族らしいですが、末っ子のプラカーシュ以外結婚していて
みなマレーシアやシンガポールなどいろいろなところに住んでいます。
このディパバリの日だけは男兄弟の家族は全員この家へ帰ってくると言っていました。
一番上が60歳で末っ子が25歳!?
えっ。なんですか、それ? 父と子くらい離れています。
そんな年の差兄弟姉妹は、さすがに初めて聞きました。。
 
家に着くと、良い感じのお父さんと、お母さんが向かえてくれて
「もう、きみは家族の一人だ。ゆっくりしなさい。」
と言ってくれて、さっそくカレーをいただきました。
これまた、おいしいのなんのって!
ちなみに、ディパバリ前日と当日は身体を清めるためにベジタリアン料理です。
肉はいっさい口にできません。
 
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家のディパバリ装飾をやってました。
お祈り部屋やらにお花を置いたり、床に書いていたりと。
 
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ディパバリの時はキャンドルを作るのが基本らしいです。
あんたも手伝うのよ。と言われ、紐を切ってオイルをたらして作りました。
これまた、そのオイルの名前がプージャ・オイル。
プージャとはなんと懐かしい響きだことか。バラナシを思い出します。
灯をともすと、インドへ行った時とまったく同じ匂いがして
おおっ!という感動とともに、匂い喧噪雰囲気、記憶が鮮明によみがえりました。
 
お父さん、お母さんはは敬虔なだけあってお祈りも欠かしません。
バラナシで見たプージャのお祈りの仕方とほぼ同じでした。
ミニ・プージャです。
しかし、子供たちは違うようです。
時代が変わって、おれたちは新世代なんだよ。と言ってまして
父母ほどお祈りはしなくなっているそうです。
 
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家の至る所にヒンドゥー教の神様たちがいます。
  
      アマン                
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                         サルスファディ
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      ムルガン               ガネーシャ
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      クリシュナ
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そして、ディパバリ当日です。
朝の沐浴をして身体を清めた後、伝統的な服をもらいました。プレゼントです。
ジパというシャツ、ウェスティという腰巻きに、トンドゥという紐を締めて
お祈りをして額にぽちっと白・黄・赤の順に付けてもらいました。
なぜか、自分とお父さんだけで子供たちや孫たちは誰もしません。なぜだ。。
朝食は食べません。
身体が清いまま一緒にヒンドゥー教寺院へ。
 
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最初に行ったのは、スリ・マハ・カリアンマン(Sri Maha Kaliamman)寺院です。
着いたらお祈りをしながら寺院の上を時計回りに祈りながら回ります。
ガネーシャが祀ってある場所では、その作法があったりと
お父さんはやってましたが、孫たちはそれを見るばかり。。
と、本当に時代の変化を感じさせられます。
 
イエール(Iyer)に家族全員の名前をお祈りしてもらって、数滴のミルクをもらいます。
その後、黒い甘いお米をもらって食べ、すぐには帰らないのが基本らしいです。
お祈りが終わったら、寺院で座って少し話すそうです。 
 
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2つ目はスリ・ムルガン(Sri Murugan)寺院。
さっき行った寺院より少し規模が大きくて、人も少しいました。
ここでも時計回りに回ってお祈りをして、イエールに祈ってもらいます。
そして、お祈りの後はココナッツに花がたくさん入ったのをもらってました。
幸運の意味です。
 
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家へ帰ると昼食です。
トーセイというクレープのようなものを、チャティニというソースにつけて食べます。
チャティニはカレーとううよりはソースに近いものらしいです。
この日は、トマトとにんじんのチャティニと、ココナッツとカレーリーフのチャティニでした。
 
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他のお宅へおじますると
ガネーシャを砂で描いたものがあったり、短冊のようなディパバリ・カードがあったり
姉妹がみんな正装してたりしてました。
ほんとはサリーを着るはずなのですが、最近の若い世代は
サリーではなくパンジャビ・スーツを着る人が多いらしいです。
おそらくサリーを着るとお腹が出るからなんでしょか。
どっちにしろ、きれいです。
相変わらず日本人が突然来るから驚かれますが。。
 
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シンガポールから来た孫たちがいつも楽しみにしているものが家のすぐ近くにあります。
スンガイ・ホットスプリング・パーク(Sungai Klah Hot Springs Park)の温泉です。
ボルネオに旧日本軍が見つけた温泉があるのは、ガイドブックで知っていましたが
マレー半島内にもあったとは、知りませんでした。
家族の一人が以前この温泉施設で働いていたらしく、割引です。
 
数十年前までは小さな自然の温泉があっただけでしたが
今では立派な宿やアーユルヴェーダ・マッサージ、温泉卵、足湯などなど
たくさんあって、温泉公園みたいになってます。 
 
家族たちは最初水のプールに入って、それから温泉に入るのを基本としてます。
日本人の自分が温泉へ入った時は、そりゃびっくりしたのなんのって。
一時帰国した時も毎日シャワーだけだったので
数十ヶ月ぶりの温泉、湯。うわーーーーーっ!!って声は出ませんね。
感動もんです。
湯加減も場所によってぬるかったり、少し熱かったりと選べます。
ゆっくり、ゆっくりつかってました。
なにせまた数ヶ月先までお湯につかれないのですから。堪能しなければ。
しかし、家族の中には腰までしか入れない人もいました。
なぜなら毎日水で身体を洗っているため、お湯に慣れてないのです。
うおーーっ!なんだこれは! って言ってました。
 
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ハリラヤの時と同様に、ディパバリの時もお菓子を各家庭で手作りします。
基本的に全部ビスケットと言います。
さあ、さあ、食べなさい。 
 
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甘いお米と、黒いドーナツ。黒糖の色と甘みです。 
 
      プルッライス               アツィラサム
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      アチムルク                ストゥムルク
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アチムルクもストゥムルクも米粉と水から作られていて、
アチは型という意味で、星形やらいろいろな形を作ります。
 
ストゥムルクはストゥムルク機というのがあって、
油で揚げる時に、こう、ぐるぐるぐるっと回しながら作ります。
生地が出るところの型を変えれば違う形になったりと、そんなかんじです。
黒いドーナツもムルクもインドの伝統的なお菓子で分量を少しでも間違えると
作れなかったりと、作るのが難しい。と言ってました。
だから、各家庭で味が違います。
家族たちはそれらお菓子をたまに手にとっては、ぽりぽりと食べてました。
 
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パタイという豆です。
パタイはこの付近のジャングルでよく穫れるみたいで
マレーシアの原住民であるオランアスリが売りに来てました。
KLで買うのとくらべて3分の1くらい安いです。
しかし、これまた強い匂いです。
日本でいうとこの納豆みたいなかんじでしょうか。
これを翌日カレーに入れてました。
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ココナッツを料理の中に入れる時、この家庭では削るところからです。
お母さんがココナッツ削り機に座って、手際よく
ザッ ザッ ザッ ザッ っと白い部分を削ってました。
自分は朝の沐浴です。
そしてお祈りをして、お父さんにポチッと付けてもらいました。
なざか毎日ほんとに自分だけです。
他の家族も誰かやったら良いのに。。 
 
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この丸くて白いのは イテリー といって米粉を水で溶かして型にいれて蒸したものです。 
チャティニと一緒にいただきます。
 
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この日からはベジタリアン料理じゃないのが食べれます。
たくさん出てきました。
黄色いご飯は ビリヤーニライスで普通のお米より高いです。
それとチキンカレー、マトンカレー、フィッシュカレー、エビカレーにパタイカレーです。
きっとFWでインドにいた時はこれらのカレーを食べても辛さは感じなかったのでしょう。
しかし、毎日辛くない料理ばかり食べているので
ほんとにすごくおいしいのですが、辛いのなんのって。。 
食べろ、もっと食べろ、さあ食べなさい。えっ、もう食べないの?
と言われるがまま食べ続けました。
そして食後にはラサムというスープを飲みます。消化の働きを良くするらしいです。
 
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お腹いっぱいで座ってると、
ほらケイタ、ランブータンだとか、マンゴスチンだよ、ドリアン、バナナ食べなさい。
って言ってくれるので、またまた食べます。
自分がたくさん食べれる体で良かった、と思いながら。
ちなみにこれらの果物は全て家の回りにあります。
ランブータンは今季節のようで、すごいたくさん実がなってます。
ランブータンと言えば赤ですが、黄色いランブータンもあって味が若干違いました。
赤のがちょと甘かったです。 
 
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そんなこんなで今回のディパバリ体験も終わりました。
  
すごく、すごく親切にしてくれてうれしかったです。
ハッピーディパバリ!
ムニアンディさん一家、ありがとうございました!
 
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さあ、次はどこへ行きましょか。 
 

中秋

10月3日は中秋節でした。
マレーシアは曇りで綺麗な月は全く見えませんでしたが
みなさんの場所はどうだったでしょうか。
日本でもこの日はお月見したり、お団子食べたりとお祝いをしますが
ここマレーシアの中華系もお祝いをします。
 
またまたどこかのご家庭へ行きたかったのですが
そうぽんぽんと家族は見つかるわけでもなく。
どうしようかと学校の帰りぶらぶら。
 
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中華系の知り合いに連絡をとって情報を集め、今年始めの旧正月の時に行った天后宮へ。
KLセントラル駅の近くの丘の上にあります。
 
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天后宮には結婚の書類を提出する場所がありまして、この日はめでたい日なのでしょう。
たくさんの新郎新婦とその家族、友達がいました。
ドレスを着てたからあれは式の前だったのでしょうか。
ホールの中ではオリジナル提灯コンテストなるものがあるらしく、いくつかの家族が作っていました。
友達家族も参加していて、毎年やってるそうです。
赤い紙とにらめっこしてる人もいて、何やらメモをとっています。
問題らしく、どんな意味なの?? と聞いても
ん〜。。なんて説明すればいいんだろう。 と言われ、結局よく分かりませんでした。
おそらく、なぞなぞのようなものなのでしょう。
 
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獅子舞(ライオンダンス)です。
高校生くらいの子たちが、ジャン!ジャン!ジャン!ジャン!とやたら大きな音を奏でてまして
それに合わせて獅子は2人1組で演技して、台の上で立ったりしてました。
おおーー、という声とともに子供たちは群がって獅子にタッチ。
たぶん触ると縁起がいいんでしょう。
 
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おそらくどこかの有名な人のかけ声で提灯に灯がともされました。
この提灯もろうそくも無料で配ってて、友達と自分ももらって付けました。
どうやらこの提灯を持って散歩するらしいです。なぜ?
分かりません。
みんな天后宮の下から上へぐるっと回って散歩してました。
マレーシアでは中秋節のこの日を、ムーンケーキフェスティバル(月餅)と言ったりしますが
ランタンフェスティバルとも言うみたいです。
だからこの提灯にもきっと意味があって、お祝いの印なのでしょう。 
 
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夜遅くまでたくさんの人がいて、イベントしてました。 
 
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友達とともにスチームボート。
串についたのを、ぐつぐつと煮立ったスープのようなものに入れて食べます。
お店でも食べれますが、屋台のようにKLのそこらへんでもこのスチームボートは食べれます。
 
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ホールではあの赤い紙の答え合わせをしていて、
友達家族も提灯コンテストの発表を待ってました。
しばらくすると、みな帰り始めたので駅まで送ってもらって帰りました。
月餅も食べましたし、いちおう中秋節っぽくなったでしょうか。。 
 
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ジェンカ25

4期生が日本へ帰国し2009年のフィールドワークが終わりました。
あらら。
去年3期生のFWが終わってから思った
一人だけやたらフィールドワークしてるブログをアップする。
という季節が、今年もまたやってきました。
しかし、気にしません。更新を続けます。
 
前回、ハリラヤ・プアサでお世話になったラザックさんの紹介で
今回はパームオイル・プランテーションへ行ってきました。
Jerantut(ジェラントゥトゥ)から1時間くらい車で行ったトコにある
新しいカンポンjengka25(ジェンカ25)という場所です。
 
ジェラントゥトゥへはいつも長距離バスに乗る時に使っている
プドゥラヤバスステーションではなく
ティティワンサ駅にあるペキリリン・バスステーション場所から。
約3時間。
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ラザックさんの友達のタムリンさんが向かえに来てくれていて
ジェンカ25を目指します。
途中、地元ではちょっと有名なあるお墓に寄りました。
そこには過去、英国と戦ったマキラウという戦士のお墓があります。
マキラウの話をタムリンさんから聞いたのですが
ちょっと忘れてしまいました。。。
この墓地ができた数百年前はまだ墓石に明らかな装飾的形はなく
川から持って来た石を墓石として使っていました。
今その石は、リバーストーンと呼ばれているそうです。
 
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イスラム教のお墓の見方をちょとだけ教えてもらいました。
 
    女性のお墓                 男性のお墓 
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マキラウのお墓とその関係者のお墓には囲いがしてあって一目で分かります。
しかし遠くからぱっと見ただけでは、
ここが墓地であると判断するのはちょっと難しいかもしれません。
 
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そして、ジェンカ25に行く前にタムリンさんの親戚の家で
昼食をいただきました。
まだハリラヤシーズンなのでクエも残っていて
魚はその日に川からとってきたやつだそうです。おいしい昼食でした。
手で食べるのですが、FWでインドへ行った時に
インド人から手での食べ方、使い方を教わっていたので
良かったです。何となくは食べれます。
しかし一品、強者
緑色の豆をドリアンの発酵したものに付けて食べます。が
そこはさすが発酵ドリアン。ドリアン度、3倍です。
おうふっ、ですね。 
 
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どこか開けた場所に出たと思ったら
そこはjengka24(ジェンカ24)という場所で
目的地の隣のプランテーションでした。
パームオイルが全部倒れていて
その景色は、嵐の後か、なにか悪い事が起きた後のようでした。
異様な光景です。
パームオイルは25年たつとその役目を終え全部倒すらしいです。
ブルドーザーみたいので、ガーーーーーーーっと一気に。
燃やしたら環境に悪いから、倒したパームオイルはそのままにして
自然の力で土になるのを待ちます。
そしてまた新たなパームオイルを植えて、というサイクル。
 
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今回お世話になったのは、プランテーションで働くアスリさん一家。
家族全員、英語が本当にできないし自分もマレー語全然できないし
おおっと
どうしたものかと思いましたが
そこは指を差し続けコミュニケーションをとりました。
地味になんとかなってしまうものです。。
しかし、さすがにチョンカというビー玉遊びは説明が必要でした。
簡単に言えば、自分の陣地により多くビー玉を入れれば勝ち。というゲームです。
末っ子には勝てたのですが、やはり姉は強かったです。ぼこぼこでした。
 
少年たちが集まって来て、Cantik(チャンテ)の練習をしてました。
太鼓がゲンダン(Gendang)、ドラがゴン(Gong)です。
カッ・ダン・カッ・ダン・カッ・ダン・ダンっていった具合に
教えてもらいましたが、ぜんぜん音が違ってダメですね。
 
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そして、プランテーションへ。
 
家からプランテーションへはバイクで10分くらいです。
そこはいろいろな木々が鬱蒼と繁るジャングルでもなければ
人の手が入った森でも林でもない。
そこは、等間隔にパームオイルヤシがずらりと遥か彼方まで並んでいる
プランテーションです。 
 
数メートルはあるであろう長いノコギリを使って
ゴキゴキ、ゴキゴキ、、
ドサッ!!! ゴロゴロゴロロロロロロ。。。。
っと勢い良く落ちてきます。
さすがに離れててね。と言われました。
何てったって一房5キロくらいはありますから。
 
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このプランテーション開拓カンポン(村)、Jengka25(ジェンカ25)は
1984年からジャングルを切り開きプランテーションと村を造り始め
1986年から人々の定住が始まりました。
政府が各州からお金と仕事のない人を募り、パームオイルの収穫という仕事がもらえ
一家族、全部で4ヘクタールあるうちの1/4エーカーのプランテーションを
政府から借金をして買いました。
(ちょっと、プランテーションの規模は正確には覚えてません。。。)
だから、このカンポンに住んでいる人たちの出身地は別々のようです。
ちなみに当時の価値で30000RM(約840000円)だった土地と家が
今では200000RM(約5600000円)の価値まで上がりました。
 
一ヵ月働き、パームオイルを収穫すると政府に230RM納めなければいけません。
アスリさんのプランテーションからは毎月平均5−6トン、最大で10トンの収穫があり、
1トン=約400RM(変動します)の収入となりますから、
毎月の230RMはそんなに高くないそうです。
ジェンカ25のプランテーション全体で一月最大800トン収穫できる時もあったそうです。
昔に土地を買った人が今では違う仕事をしている人もいて
そのような人は、他の人を雇っているそうです。
アスリさんは全部で60エーカーのプランテーションを見ていて
1トン=約35RMで買ってもらっています。
 
残念ながら、やはり行った時期はまだハリラヤシーズン。
プランテーションの中で働いている人もちらほら。
 
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プランテーションの中に切り株はありますが、
パームオイル以外の高い木があまり見当たりません。
それは、除草剤を散布しているからです。
撒いてると見えない霧になってしまって、それを吸うと身体に悪いため
作業をする人はしっかりしたマスクを付けてます。
「じゃあ土に悪いんですか?」 と聞くと
「そんなことはなくて、適量を撒いていて土を傷めるほどは撒いていんだ。」そ
と言ってました。
 
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そして、昼食を食べてモスクへ。 
 
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今回は前回とはちょっと違います。
服はバジュマラユですが、ソンコ(Songkok)という帽子をかぶらせてもらいました。
どーですか。ぽいですか。 
 
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ハリラヤシーズンのおたく訪問にも同行しました。
赤と緑のクエ(お菓子)はGelembung Buaya(ゲレンブン ブアヤ)といって
ケランタン州で主に食べられているものです。 
小さいケーキはBahulu(バフル)といって、味はだいたいプレーンです。
 
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夜、アスリさんの家にも少年少女が訪問に来ました。
チョンカを自分とやって二人抜きしてやりましたが、
さすがに現地の人に連勝は無理です。。
どうやら、お年玉のようなものをもらいにきてるみたいです。
 
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そして、家族と一緒にごろんと横になりながら、マレーシア人たちが代わりばんこで
ほとんどのタイトルが「ハリラヤ」の歌を歌ってるテレビ番組を見て、
眠くなった人から寝ました。
 
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翌日、もうちょっと泊まっていようと思ったのですが
ハリラヤKL帰省ラッシュでバスのチケットがとれないとの事。。
ありがたい事に、前回お世話になったラザックさんの知り合いが
KL方面に戻るとのことなので送ってもらいました。
 
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アスリさん一家、ありがとうございました。
 
さてさて、次はどこへ行こうか。。  
 

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