マレーシア 22

せっかくマレーシアにいるので、F1へ。 
 
もはや地元の タマン・パラマウントからLRTに乗り、KLセントラル駅からシャトルバス。
 
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マレーシアにはペトロナス(PETRONAS)という国営石油会社があります。
そう、あのツインタワーの名前も
ペトロナス・ツインタワー。
その国営企業が、あの有名車メーカー、
さらには、あの有名ドライバーまでも。。。
やります。
 
1999年からはマレーシアでも
セパン国際サーキット(Sepang International Circuit)でF1が開催されています。
毎年だいたい4月の最初の週。 
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会場に着くと。
がらり。
まだ一向に始まる気配がありません、むしろ人もぜんぜんいません。
予定表を見ると、2時からとな。 
イス席はちょっくら高かった為、
C2という見晴らしの良い丘に屋根つきの場所のチケット。
 
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1日目はなにやらタイムトライアルだけらしくて、
それでも初めて生で聞く本物のF1の音は
フーーーーーーーウンッ!!!
っと物まねの音とは大違い。
予想を超えるほどの耳をつんざく高音で、
ありゃさすがに物まねできません。
 
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2日目はレース。
 
会場は1日目とは違って、たくさんの人だかり。
しかし3分の1くらいの人は海外の人たちで、
マレーシア人はいずこへ。。
まるで他の国に来たかのような風景です。
 
フーーーーーーーーッ!
フーーーーーーーーーッ!! ウウウンッ!!
 
ハンパなく高音で、あんなエンジン音聞いたことありません。
そりゃ耳栓付けてる人もたくさんいます。
じゃないと耳が後で、きーーーーーんってします。
 
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デジタルズームにしてコンパクトカメラで写真を撮っている自分とは大違いの
いったい何百ミリあって、明るいんだか、、
という大砲持った人もたくさん。
 
いやいや、このつんざき音はテレビじゃあ感じれませんね。 
 
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仏教寺院。
 
菜食主義の店があって、昼時には働いている人がたくさん食べに来ます。 
 
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チェンパカ・ブッディスト・ロッジ(Chempaka Buddhist Lodge)
家から2つ先のケラナジャヤ(Kelana Jaya)駅から歩いて15分くらい。
 
この日はちょっと早い華人のソンクランでした。
水掛祭りで知られるソンクラン。
タイではやたら盛大にやるらしいですが、
もちろんここでは、わりとこじんまり。 
 
ちゃんと水掛エリアも決まってて、90%は子供だけ。
だから、不意に水かけられちゃう心配もここにはありません。
 
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お坊さんたちが人々の首筋に水をかけてあげていました。
しかし、
やはり華人の仏教人口がそんなに多くないんでしょう。 
めちゃくちゃに混むというほどではなく、
どこかの地区の小さいお祭り。
といったくらいの規模でした。
 
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お坊さんの前に行く前は、この像に水をかけてました。
元々、ソンクランは新年のお祝いで仏像などを清めたり
掃除をしていたらしいので、
おそらくその名残でしょう。
 
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毎年FWがカンボジアに入る時にあるお祭りもこのたぐいでしょうか。
同じように顔に白い粉付けてました。 
 
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こちらPJ、ペタリンジャヤ施設。
 
今年も着々と学生受け入れ態勢を整えています。
 
今回は調子の悪かったエアコン。
 
でも、ここはもうバッチリ。
ちゃんと涼しい風が出ますので、快眠できるはずです。
 
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しっかり、掃除しときます。 
 

マレーシア 21

マレーシア生活も今月でいったい何ヶ月経ったんでしょうか。。
経ってしまったんでしょうか。
こっちへ最初来た時は、なんとまぁFW3期生の2回目のスクーリングでしたから、
え〜と、、
2008→2009→2010・・・
こら、たくさん時間が経った。ということですか。
 
3期生が帰国し、ELSが本格始動して英語を勉強し、
と思ってたら4期生が来て、これまた帰国し、卒業おめでとうございます。
そんなこんなで、あっという間にFW5期生が出発。
同じようなことを昨年も書いたような気がしますが、
気をつけて、最高に旅を楽しんで、
良い写真をたくさん撮ってここまでたどり着いてください!。
 
あっという間だ。。おっかないくらい。
まだ自分の身長が約1mで幼かった時、
1年という時間は長く、季節の移ろいもゆっくりと進んでいった記憶があります。
暖かくなって、暑くなり、涼しくなって、寒くなる。
ところがどっこい、
いつからでしょうか、20代になってからか、
1月〜12月までの流れがが与一の射つ鏑のごとく
ひよう、ひいふつ!
と過ぎ去っていくかのようです。
 
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最近はこれまでにマレーシアをディープに旅しすぎてしまった結果、
自分で言うのも何ですが、
そんじょそこらのどんなマレーシア人よりも
マレーシアに詳しすぎる日本人になってしまいました。
なかなか、一般人でここまでマレーシアに詳しい人間はいないでしょう。
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国立モスク。
 
お祈りの時間があるため、
イスラム教徒以外がここに入る時は入館時間を気にしなければいけません。
そして、服装も。
男性はハーフパンツだめとか、女性はスカーフしてなきゃだめとか、
肌を露出しすぎている服装だと入館できません。
しかし、
自分みたいな外国人はそういうルールは知りませんので、
暑さ倍増しますが、紫色の服を貸し出してくれます。
 
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お祈りスペースには、やたら涼しいですがイスラム教徒以外入れません。 
 
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たまったま、イスラム教美術館へ行ってみると
なんと! 写真展がやっていたではありませんか!
信じられない、しかも有名人が!
そりゃ、すぐに見に行きました。 
 
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ブリティッシュ・カウンシルKL
 
ELSを卒業して、この学校も最後のアドバンスクラスというので勉強しました。
頭に辞書が入ってんじゃないかと思うくらいの単語マスターがいたりと、
やはり皆の英語力はELSの初期と比べると上級。
しかし、まだまだ自分の英語力なんざ赤子。
英語の勉強というやつは難しいです。
 
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マレーシアのトイレに入ると、たまにやたら風が吹いているトイレがあります。
↓この機械から。ゴーーーーーーっと。 
 
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なぜこのような、風送り機があるかといいますと
マレーシア人の多くがトイレットペーパーではなく、水で処理するからです。
これがないと床と便座、そこら中が水浸しになっているか、
付きっきりでトイレをずっとモップがけする人がいるかのどちらか。
 
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日本は寒いよ。
 
冬が来た。 雪が降った。
春が来た。 桜が咲いた。
 
涼しいとか、寒いとか、
はて?
なんのこっちゃ。
暑いか、じめっとならよく知ってます。
 
もはや、ここの熱帯の暑さにかなり慣れてきてしまっている自分にとって
四季の話なぞよく分からなくなってきています。
 
今日は10度以下で、、、
 
10度以下っていったいどれだけ寒かったんでしょうか。
毎日、毎日、年中無休で30度越え。
最初は11、12月になって気温が全く変わらないのは不思議に思いましたが、
もはや最近はKLCCで子供たちがいつプールで遊んでいようが
気にならなくなってしまいました。。
日本に帰って、どんどんと気温が下がっていった時、
おそらく尋常じゃなく寒いんでしょう。
こわ。
 
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志村くんのELSがスタート。
アラビアンとの交流が新鮮すぎて、やたら楽しいらしいです。
まぁ、日本じゃあれはなかなか体験できないでしょう。
十分に楽しんでおくれ。 
 
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ウォンさんのアシスタント。
 
ほんとに使えない二人だったと思います。。
スタンドを回してとか、
ストロボを弱くして、とかとか、
初めて見るものばかりで、どうやっていいんだか笑。。
できることは機材を運ぶことと、
バスケットボールがあるから、それで遊んでシュートを打つことくらい。
アシスタントではなく、まるで見学者のようでした。
 
ウォンさん、次はもうちょっとましになってる。と思います。。 
 
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サバ 4 ・ スンガイ キナバタガン とコタキナバル

コタブルッから乗り合いタクシーにてコタキナバル。
そしてバスターミナルからスンガイ キナバタガン (Sungai Kinabatagan)へ。
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途中あったプランテーションの規模にはたまげました。
デカすぎです。
バスに乗ってる時に見晴らしの良い丘から見えたプランテーションは
なんと、地平線の先までぜーーーーーーんぶ、パームオイルです。
どんだけデカいんでしょうか。。
 
これから、野生のテングザル、オラウータン、ワニだのいるところへ行くのに、、
このパームオイル率に心を砕かれ、 そして到着。
 
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またいつものように田舎の村へ行くのであろう。
と、思っていたら、、
なんと、そこには森林保護の立派な建物が!
その名を KOPEL。
 
サバ州の約30%が国立公園などで森林を伐採から守ってます。
ここ、スンガイ キナバタガンは川の両岸数キロが野生保護林や
森林回復林になっています。
 
近年まで続いた伐採、伐採、また伐採。
サバ州はその伐採を止め熱帯雨林の保護に乗り出したそうです。
 
伐採 or 森林火災で森が無くなったところを放置したらどうなるでしょうか??
 
答え、、森林は回復しません。 雑草が茂るだけです。
 
雑草の成長がゆっくりと生まれてくる小さい樹々よりも早いため、
その樹々は影に入ってしまって成長できません。
その他、乾期と雨期の影響が激しいので、
人の手なしには成長できないらしいです。
 
と、今回紹介してもらったここのリーダーであろうロスリさん聞きました。
彼は今日本に研修に行っているらしく、今頃桜を見ているのでしょう。
いいなー。
 
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と、なぜか勢いでボランティアワーカーというのになりました。 
 
夕方、ボートに乗ったら川岸の木に何やら点?? 
あら動物、猿です。
夕方になると寝るために川辺の木に登るそうです。
ロスリさん曰く、
テングザルに、なんとかザルになんとかザル。
 
あっ! あれは何とか鳥だよ。
 
とにかく、ちょっとボートに乗っただけなのにたくさんの野生動物が見れました。
写真はないですが。。
 
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観光客も来ます。
ある人はキャンプやボートクルーズしたり、
またある人は、自分と同じくボランティアになったりしてます。
ボランティアの人は数週間から数ヶ月の人もいるとか、いないとか。。
 
だから、観光客たちのために村人が伝統ダンスショーをやってます。 
 
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1997年からここの森林保護所の設置準備が始まり、
3年間の伝統文化や動物、森林の調査。
そして2000年の6月から観光客の受け入れが始まりました。
初年度は約600人。
しかし、今は年間約3000人の観光客たちがくるそうです。
 
スタッフのほとんどが地元の村人。
しかーし、中には英語ぺらぺらの人も。
なんてったて、毎日欧米の観光客相手の仕事してますから、すごいです。
 
 
 ボランティアの人たち              村人
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そして、ボランティアが始まりました。
 
まず、苗木を50個入れたケースを数個、
これをボートに乗せて森林を回復するブロックへと運んで植えます。
森林を回復するのにも、無造作に植えたりはせず、
計画的に区画を決めて植林をします。
 
あら?
 
いやいや、ボランティアしに来たんじゃなかった。
 
 
ということで、ボランティアの人たちとは行動を別にして
パッイマームさんとともに植林をする前の土地整備の場所へ。
 
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どこもかしこも、木がそんな大きくありません。
慣れてない自分にはどこもほとんど同じ森に見えて、
一人だったら間違いなく遭難です。
そんな森を一分の迷いなく進むおっちゃん。
さすがです。
30分以上歩いて女性たちが草刈してるとこに到着。
 
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木はぼちぼち大きいですが、鬱蒼と茂ってはいません。
やはり、熱帯雨林を自然に近く回復するのは並大抵のことじゃないんですね。
まるで整備された森林公園のようです。 
 
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昼食の後、みんなで食べれるおいしい草?野菜?を穫りました。
そこら中にあるので新鮮なものを狙って、
根元から、ぷちっ。
 
おばちゃんたちはさすが、あっという間に束を握ってます。
しかし自分はちょっとだけ。
「ほら、ケイタ、これムダ(新鮮)よ。」
 
この日本人にはまだまだムダの見極めも、収穫の修行も足りないようです。 
 
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男と女で働いてる場所が違います。
女性組は川から約1キロの場所で働いているのですが、
男組はなんと3キロ。
どんだけ歩くんでしょうか。。
たぶん1時間以上かかるのでは。。
 
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この日もダンスのパフォーマンス。
毎回同じ人が踊るわけではなく、村人が交代交代で踊ります。
 
そして、そこにも、泊まらせてもらった家にも子猫がたくさん。 
 
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ヤヤッさんに森を回復してる実験林に連れてってもらいました。
 
実験林なので樹を区画ごとにを分けて植えていて
ここの樹々はだいたい2〜3年。
まだまだ小さいです。
 
「ほら、この樹が大きくなったらオラウータンが食べにくるんだよ。」
「えっ! 今は食べに来るんですか??? 会いたいです!」
「残念。今はシーズンじゃないんだよ。だいたい6月くらいかな。今は違う場所にいる。」
 
あーーーーー、おしい。。。今が6月だったら良かったのに。
野生のオラウータンなんて、なかなか見れたもんじゃあないです。
 
多くの森林が伐採され、消滅し、
それにともない野生動物たちの住む場所もパームオイル・プランテーションに。
しかし、こうやって守られてるとこがあって
野生動物たちもたくさん生きてると
ほっと、します。
 
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ここも旱魃がひどいです。
数ヶ月雨が降ってないらしいですが、自分が行った数日は雨が降ってくれました。
この雨で土地が潤い、樹々や作物が元気になってくれると良いです。
 
誰かが、今年はエルニーニョなんだよ。
と言ってましたが、
いやいや、今年はエルニーニョでもラニーニョでもない
エルニーニョモドキだそうです。
 
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対岸は野生保護林。
 
この川の中にはワニがいまして、見ました。
 
野生動物って見れるとすごいうれしいですね。
動物園とはぜんぜん違います。
まさに野生、ワイルドです。 
 
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男組の草刈は時間的に間に合わないので、この日も近い女性の方へ。
 
パランというナイフを使って刈ります。
自分もちょっと手伝いましたが、、
これがまた、熱いの、暑いの、ハンパありません。
少し動いただけで汗がどっ!”
これをぶっ通しで働いたら熱中症もんです。
おっと。
こりゃ、とうとう去年日本で太った分を痩せれるのでは!?
と思いましたが、んなわきゃありません。
毎日食べ過ぎなので、そう甘くはないようです。
 
さすがのおばちゃんたちも休み休み。 
 
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ボート乗り場へと戻ると、村人たちが毎日恒例の
バレー、フットサル、セパタクローをやってました。
やたら楽しそうです。
 
と、泊まらせてもらった家までの帰り道もプランテーション。
もうあれですか?
マレーシアでプランテーションを見たくない。
そんな考えがそもそも間違いなんでしょうか。
 
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そして、朝8時すぎに道路にてバスを拾ってコタキナバルへ。
 
コタキナバルでは華人宅へ。
 
この差はなんでしょうか。
8部屋以上あるでかい家に、ホットシャワー、クーラーに薄型テレビ。
アニマルな番組を見ながらふと思います。
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キリスト教の結婚式。
北京語と広東語でまったく何言ってるかわかりませんでしたが
きっと良い結婚式だったのでしょう。
お幸せにです。 
 
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コタキナバルの滞在時間はやたら短かったので
ずっと行きたかったサバ・ミュージアムへ。
サバの少数民族の歴史や写真、資料などから、
各民族の伝統的な家もあって、もりだくさんです。
普通の人なら、ぱっ。としか見れないでしょう。
がしかし、
自分はここで数時間の時を過ごしました。
 
泊まらせてもらった人も
「えっ? さすがに長すぎじゃない??」って。
いやいや、深いですから。 
 
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そして、KKからKLへ。
サバの旅は終わりました。
予想だにしなかったことをほんとにたっくさん学びました。
 
まさに、深い、です。
 
エアアジアって赤い機体だけじゃなく、青い機体もあったんですね。 
 
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今回も泊まらせていただいたみなさま、テリマカシ、ありがとうございました。
 
さてさて、次はどこへ行こうか。。 
 

サバ 3 ・ コタブルッ

クダットから乗り合いタクシーにてコタブルッ。
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東洋のカウボーイ、バジャウ族で知られるこのコタブルッ。
タクシーから降ろされた場所に馬の像が!
こりゃカウボーイ押しですね。
 
紹介してもらったおっちゃんのロバートさん。
でもこの方はバジャウではなくて、
カダザン族でしたので、またまた紹介してもらい、
イスマイルさん登場。
彼曰く、バジャウはジョホールバルらへんから来たそうな。
 
眼鏡をかけてるほうがイスマイルさんです。
今回はこの方の家へおじゃまします。
 
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ホントはここコタブルッではサバで一番良いとされる
タム(Tamu)というマーケットへ行きたかったのですが、
残念。
時間が合いませんでした。
いろんな人から、タムは行ったほうが良いよ! タムは行ったかい?
と聞かれるので、さぞエキゾチックマーケットなんでしょう。
若い人はともかく、おっちゃん、おばちゃんたちは
未だに物々交換をしているらしいです。
 
で、タムではなく普通のマーケットで魚やら野菜やらを購入。
 
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バジャウ族のケーキ。
油で枠をカリッと、中はふんやり揚げた甘いお菓子です。 
 
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到着は夕方。タウングシ村(Kg. Taungusi)。
タウングシの意味は壷で、いつかの昔の壷が出土してこの名前になったそうです。
 
この時間になると米を狙って雀のような小さい鳥がたくさん飛んできます。
人対鳥タイム。 
イスマイルさんの義母であるおばあちゃんも田んぼをもってるので、
 
ひょうっ!!!
ふぁっ! ふんっ! しゅっ!! しゅっ!!
 
ひもが小屋から伸びていて、それに布がひらひらしてます。
小鳥たちが空から田んぼに降りてきそうになったら、それを引いて、
びっくりさせて追っ払ってました。
 
あーーーーーあ ひょうっ!! ふぁあっ!!
 
あんたもやんなさい。
 
と言われましたが、また今度ねおばあちゃん。
 
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ここコタブルッの田園はサバ一の面積を誇っています。
 
なんせ広いので、田園のいたるところに小さい小屋が建ってて
ここでも小鳥を追っ払ってました。
視界のほとんどが田んぼのこの場所。
なんとまあ、のどかでゆっくり。良いところですね〜。
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夜食に食べさせてもらった葉っぱに包まれたバジャウ族伝統の食べ物。
 
ボルネオ島の人たちはタパイというお酒を飲むのですが、、
ここバジャウの民はずっと昔からイスラム教徒。
お酒やアルコールは口にしないはず、、
しかし、なぜでしょう。
この明らかにアルコールの甘い味がするこの食べ物。。 
発酵の仕方がおそらくタパイと似てるのでしょう、明らかに酒が入ってました。。
 
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そして、朝。
ここからもキナバル山が綺麗に見えます。
でも朝だけなんですよね。
昼から夜になるうちにだんだんと雲に覆われてしまいます。
 
もちろんこの時間も、小鳥を追っ払う時間です。
広い田圃にぽつぽつと人影。
小屋に入りながらひもを引っ張る人。
歩いて接近戦で追っ払う人。
 
しゃあっ!! ふぉあっ!!  ふぉっ!!
 
と、声が聞こえます。 
 
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イスマイルさんの知り合いの人の家へ。
 
なにやら、ここでも伝統衣装を着ることに。
いろんな色があると思ったら黄色だけらしいです。
 

ベルト ー バトゥラン(Butulan)
帽子  ー タンジャッ(Tanjak)
シャツ ー バジュ・サンピッ(Baju Sampit)
ズボン ー セルアール(Seluar) 
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頭に付ける飾り ー セリンパッ(Serimpak)
シャツ     ー  バジュ・サンピッ(Baju Sanpit)
スカート    ー カイン・ベランキッ(Kain Belangkit)
指に付けるやつ ー クク(Kuku)
首にかける飾り ー メンダポン(Mendapon)
イヤリング   ー アンティン(Anting)
 
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昔はこの装飾品全部がブロンズでできていて、たいそう重かったそうな。
今はなにでできてるんでしょ?
すごい軽いです。
でも、全部の装飾品をそろえるのにけっこうな額のお金がいるそうで
なかなか、みんながみんな持っている わけではないそうです。
 
ところで、この装飾品はどこから買ったんですか?
 
イラヌンから。
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ということで、イラヌン族が多く住む漁村へ。
 
バジャウ族の多くが農業をやる一方、イラヌンは漁業中心。
この時間は漁も終わっていて、村は静まってました。 
 
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イラヌンの文化や民族衣装はほぼバジャウと似ています。
しかし、
バジャウ・イラヌン合わせても
このおっちゃんが最後の唯一の装飾職人です。
っても、この人も誰に教わったわけではないですが。
もしおっちゃんがいなくなったら、、、消滅ですか??
それとも必要だったら誰かが作るんでしょうか。
 
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イラヌンは織りの技術でも知られていて、バジャウの衣装とはちと違います。
ここの工場には約10人の女性たちが働いているそうです。
 
っても、こんな複雑な織、どうやって織ってるんでしょう。 
 
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お葬式。
 
夜、関係が近かった人が集まって
コーランにあるヤースィーン(Yaasiin)を詠んでました。
「やーすぃーん?ってなんですか? コーランの一番重要な場所ですか??」
「いやいや、コーランは全てが大事な場所なんだ。」
「えっ? じゃあなんですか??」
「ん〜、、ハート・オブ・コーランとでも言えるかな。」
だそうです。
なにやら、コーランの真ん中らへんにあるらしいです。
これを30分くらい唱うようにイマームがリードして
ゆらゆら動いて詠んでました。
 
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イスマイルさんの義母さんの田園を小鳥から守るため自分も、
 
ひょおっ!! ふぁっ!! ふぉおっ!!
 
ってやってました。
 
小鳥が空から着陸しそうになるとこを
動きを読んでびっくりさせるのとか楽しいです。
でも、小鳥たちも慣れているのか、、しぶといのもちらほら。
 
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あれ??
そーいえば。 
バジャウのカウボーイを見に来たのに、一回も会ってない!
 
どうやら約20年前までは、まだ車がぜんぜんなくて基本の移動手段が
自分の足か馬、水牛。
ところがどっこい。
近年になり車が入ってきてからというもの、
馬や水牛に乗る必要もなくなりじわじわと乗る人はいなくなりました。とさ。
 
そこらへんに馬が力なく繋がれているのは見ますが、
馬にまたがって颯爽と駆けるカウボーイはいずこへ。
 
たまたま馬にまたがった人を見ましたが、、、
ただ馬を運動させてただけらしいです。
なんせ普通は車に乗りますから。
 
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バジャウ・パラン・メイキング 
 
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この工場ではバジャウ族伝統のナイフを昔ながらの方法で作ってます。 
 
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こう、炭を使って、ぎーこーぎーこーって風を送って
 
トン トン トンって叩いてました。 
 
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続いて、バティックの作業場。
 
バティックの作業場には前にも一カ所行きましたが、
ちょっとデザインが違います。
いちおうサバの各民族のデザインとかを取り入れているそうです。 
 
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夕方はおばあちゃんと自分の連携プレーで小鳥を追っ払います。
 
二人で ふぉっ! ひょあっ! やってれば小鳥に稲を食べられることもありません。
 
しかし、おばあちゃんから一言。
「だれも継がないよ。」 
 
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少し行ったとこにも広い田園。
まだ準備中でしたが、新しく耕作するんでしょうか。
なんせここも水不足が深刻。
自分が行く前まで全然雨が降らなかったらしいです。
が、なぜか運の良い日本人。
毎夕雨が降ってくれました。 
 
これで少しでも土地が潤うといいです。
 
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サバに来てから、肉より圧倒的に魚を食べる機会のが多い気がします。 
 
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と思ってたら、この日もすでに夕方。
 
イスマイルさんの心はまだバジャウのカウボーイです。
たとえもう、移動に馬を使うこともなければ、
馬がそこら中にいるわけでもない今の時代。
 
それでも彼は馬に乗る自らの伝統を残そうとしていました。
「私の子供を馬に乗せてあげたい。」
いろいろと問題は山積み。
しかし方法は後。
その残そうとする思いが最初。
「ケイタ、いつかまた来てくれ。その時は君を馬に乗せてやる。」 
バジャウの心は熱いです。
楽しみにしてます。 
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コタブルッ → コタキナバル → スンガイ・キナバタガン へ。
 
続く。
 

サバ 2 ・ クダット

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キナバル山の村、クンダサンから山を下り クダット(Kudat) へ。
 
コハディさんの知り合いがKLへ行くため、
車で送ってコタキナバルまで送ってもらいました。
サバFMを聞きながら、、くねくねと、、下る、、道。
酔いました。。
車酔いするなんつぁいつぶり。
それと、コタキナバル暑すぎ。
涼しいキナバルの村からマレーシアが熱帯である現実に引き戻されました。
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乗り合いタクシーにてクダットのミソンプルー(Misompuru)のミニャック村(Kg. Minyak)へ。
 
今回泊まるのがここ↓↓
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ここクダットにはルングス族(Rungus)。耳に聞こえる音はルグス。
 
ミニャック村の人たちは多くが農民です。
ここの米畑はそんなに大きくなくて、収穫も昔ながらの手でやってました。
日本なら根元から刈ると思いますが、
ここでは稲穂だけ。
おばちゃんたちが握ってるのはヒンガマン(Lingaman)です。
それを使ってさくっと収穫します。
 
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最初は初めてやる作業なので、おそるおそる稲穂の収穫を手伝ってましたが、、
これがまた、
まるで前からずっとやっていたかの様です。
自分でも不思議なくらいすぐに上達して、
地元のおばちゃんたちと同じくらいの摘み取りスピード。
さくっ、さくっ、さくっ。っと。
そして、楽しいのなんのって。
日本人が来ていきなり手際良いもんだから、
おばちゃんたちは笑ってました。
あんた、やるわね。
 
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彼らの主食はもちろん米。
泊まった家のお母ちゃんは赤い米(ヒル・ライスと呼んでました)
と白い米をミックスして食べてました。
昔の人はみんなこの赤いお米食べていたそうです。
健康に良いんだとか。
毎回どこへ行ってもたくさん食べさせてくれます。
ここでも、この白い入れ物ほとんど全部が自分用です。
ありがたいですね。
 
と、マレーシアのボードゲームのケロム(Carrom)。 
 
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朝、ここでもおそろしく乾期だと言ってましたが、
約2ヶ月ぶりの雨。
外に出れないためルングス族の装飾品のビーズ作りをしました。
デザインの意味はよく分からなかったですが、
一番伝統的なデザインだそうです。
 
教えてもらってる人はさすが手際が良いです。
だってあたし毎日やってるし。って。
白2つに黒1つ。
はい、それを通してこっちに繋ぐ、、と
ややこしい作りでしたが、数時間かけて完成。 
 
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オランアスリの火起こし機にドゥスンの横笛、ルングスのビーズ。
アイテムが地味に増えていっています。 
 
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泊まってるとこのお母ちゃんはキリスト教のシスターで
看護士として地元密着のクリニックで働いています。
 
ここには医者がいないため、初期診断でしょか、初期治療でしょか。
それしかできません。
急病の場合はいそいで街の医者まで運ぶそうです。
月2回だけ街からお医者さんが来て主に妊婦さんを診断して、
それ以外の普通の日は、1日20人くらいの患者さんが来ます。 
 
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ゴング村へ。 
 
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泊まっている村から車でちょっと行ったとこに
サバにもなぜだかここだけの、村中ゴングだらけのゴング村があります。 
鉄とアルミで作られるこのゴング。
村のあちらこちらで、トンテンカンの音が聞こえます。 
 
ルングス語ではサンダガウ(Sandagau)。
 
ちょっと弾いてみてと言うと、
すぐ、美しい音とともに
目の裏にルングスの村の楽しさが見えるようです。
あ〜きれい。
 
金色のは、クリンタガウ(Kulintangau) 
 
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ちょっと大きいゴングは、タバグ(Tavag)
竜の装飾があるのはポンポ(Pompo)
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村で一番大きいゴングは直径5〜6mありそう。
でも、もちろん演奏用ではなくって飾りだそうです。
とにかく、この村全体がゴング作りしてます。
そして、演奏を頼んだ村人みんな演奏出来ましたから、
まさかみんなあのゴングを奏でられるんでしょうか。。 
 
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ぼけ〜〜、っと座って眺めてる景色です。
キナバルの風とは違いますが、ここの雰囲気も素晴らしいです。 
 
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マリックさん。
いろんな物を作ってて、米、はちみつ、ココナッツ、ゴムの木、その他。
乾期で村人の多くの米がやられる中、
マリックさんの米は元気よく育ったらしいです。
ほら、見て。良い米でしょ。
 
はちみつの箱一つで月80RM。
これが2層になってるのと1層のがいたるところにあります。
おれは蜂たちと友達だから刺されないんだ。と。
 
ゴムの木はだいたい4〜5月のシーズンは葉がほとんど落ちてダメらしいです。
水っぽい樹液が出てくるだけ。 
 
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米畑へ。
ここでも手で稲穂を摘み取ってました。
稲穂摘みにはまった自分は、もはや地元の手つきですね。
炎天下の中、もちろんすごい暑いですが、
下手したら1日中やってられるかもしれません。
稲穂はやたら集中できます。
 
しかし、集中して稲穂を摘み続けるものの
村を案内してくれてる人が
「ケイタ! 暑いだろうから帰るよ!」
「いやいや、ここは訪問者の意見を聞くべき。収穫を続けたい。やたら楽しい。」
「でも暑いでしょ?」
「暑いけど、続けたい。楽しいから。」
「でも、暑いでしょ?」
 
もはや、暑いのは自分じゃなくて案内してくれてる人で
ほんとはずうっと収穫してたかったですが、
昼食へ。 
 
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マリックさんの漁へ付いて行く事に。
 
途中あった、昔の油井。
ここの村の先祖はこの油井を崇めていたんだとか。
でもなぜ??
 
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乾期でいつもよりもかなり干上がったマングローブ林。
それでも地面はまだ少しぬかるんでるので、
マングローブの足をつたっていきます。
あの細い足は意外に丈夫です。
ここではタゴム(Tagom)という貝を穫ります。
ひょこっ、と地面から頭を出した貝を見つけるには熟練が必要ですね。こりゃ。
自分は3つしか穫れませんでした。 
 
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市場では4つで1RM。 うまい。 
 
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吊り橋を渡って漁へ。
 
マリックさんはバジャウ族の女性と結婚したらしく、
猫の目を見てその日の海の状態を見る技をバジャウの父から学びました。
他のルングス族の人たちは、んな馬鹿な。
と最初は言ってましたが、だんだん信じたそうです。
猫の目が大きかったらとか、小さかったらとか、
どうやら満ち潮、引き潮が分かるらしいです。 
 
この日はどっちだったんでしょ。
夜また漁するって言ったましたから、きっといい感じの目です。
 
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ふわふわの砂浜はすでに夕陽に染まっていました。
マリックさんの投げる投網もオレンジの光に染まり、
地平線に近い陽ほど世の中で綺麗で、景色を変えてゆくものは少ないのでは。
自らの足を砂に置けば、そこだけ水が抜けて巨人気分。
波の音と一緒に歩く砂浜のこの短い時間、
何度見ても夕陽が綺麗な事を思い出させてくれます。
 
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太陽ってこうやって水平線に落ちていくんですね。
知りませんでした。 
 
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伝統衣装を着ました。
 
帽子はシガル(Sigal)、シャツはバドゥ(Badu)、
たすきはサンダイ(Sandai)、腰巻きはホコス(Hokos)。
 
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帽子に使ってる布の柄です。
4人の人とトカゲが2匹。 
 
で、この意味はなんですか?
って聞いても分からないですよね、そりゃ。
自分もたぶん日本のこういう柄の意味とかたぶん知らないですし。
 
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早朝、近くのルングスマーケットへ。
 
感動したことに、
ルングスのおっちゃんたちが、ルングスの帽子を自然に被ってました!
なんと!
こりゃ、渋い。
あまりにも自然に被ってるので、それが逆に素敵すぎ。 
 
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「おっちゃん、なんでその帽子被ってるの??」
 
「いや、だって、おれルングスじゃん。」
 
なんと!!
おれはルングスだから、ルングスの帽子被るでしょ、そりゃ。って。
そーですよね。ルングスなら被りますよね。
カッコよすぎ。
 
もちろん若者は被ってませんが。。。
 
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そして、クダット終わり。
 
コタ・ブルッへ続く。 
 

サバ 1 ・ クンダサン 

マレーシア半島から東へ。
 
世界で3番目に大きいといわれるボルネオ島に上陸。
 
今回はサバ州。
主立った民族だけで32民族、細かく言えば52とか72民族とかいわれてます。
言葉もたくさん。
サバひろし。
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今回も人を紹介してもらい、いろいろとアレンジをしてもらいました。
ジェフェリーさんと、コハディさん。
彼らはこのサバを知り尽くしているようで
「たった数週間じゃサバは回れないよ。
 だけど、限りある日数でこのサバの名所を紹介してあげる。」
とのこと。
 
KLからコタキナバルへ着いて直接彼らに会ったので、
コタキナバルの街はそんな見れませんでした。
が、
こりゃ、他の街と比べて確かに都会です。 
 
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ということで、1カ所目。
 
コハディさんの地元はキナバル山の麓、
ドゥスン(Dusun)族のいるクンダサン(Kundasang)のシニシアン村(Kg. Sinisian)へ。
 
ここは東南アジア一高い山、
キナバル山(4095m)の登山口から少し行ったとこにある村です。
コタキナバルから車で約2時間、到着すると寒い! 寒いっ!!
なんと!?
マレーシアにいて寒いなんて、どーいうこと??
と思うと標高1200mだそうで、まるでネパールかどこかの山の村へ来たかのよう。
 
この村は伝統的な音楽や踊りでも知られていて
ちょうどこの時はKLからのお客さんが来てて、子供たちが演奏してました。
「ティンギ ティンギ〜 グ〜ヌン キナバル〜〜〜♪」って、
たっかい、たっかいキナバル山の意味。
聞いてるだけでキナバル山が頭に描かれていきます。
なんと、ほんわかミュージックでしょか。
 
 ソンポトン。雅楽の笙みたいです。
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正直誰が地元の人で、誰がKLの人か全く分かりませんが、
踊りの時になにやら鳥のように翼を羽ばたかせて舞っていると思ったら
どうやらあれは、
鷹の舞。
 
昔々あるところに、稲を育てているおばあちゃんがいました。
毎日、毎日、ツバメだの小さい鳥たちにおいしい稲を食べられてどうしたものか。
空を見上げると、そこには鷹が気高く飛んでいます。
あ、小さい鳥は鷹を怖がるんだ。
そう思ったおばあちゃんは、自らの手を鷹の羽ばたきに合わせ踊ったそうな。
 
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朝。
まだ夜が残る時間に泊まらせてもらっているジミーさんとともに
キナバル山の見える丘。へ。
 
とわいっても、寒いのなんのって。
いや、日本では、、
そうでもないでしょうか。 15度くらいらしいです。
マレーシア慣れしている自分には凍えそうです。
 
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急な丘を登るにつれて朝が始まってきます。
 
雲に半分顔を隠したキナバル山は、
陽光を受け始めると瞬く間に晴れ渡り、その雄大な姿を見せてくれました。
なんと、まあ神々しい山でしょうか。
こらまさに父なるキナバルですね。
  
ぼーっと、移ろいゆく美しい景色に見とれていると、
朝日の昇る彼方から風が走ってきます。おそろしく気持ちいいです。
あれ?
たしか、自分も空飛べたんじゃなかったけ?
キナバル山へ飛んでいこう。
とも思わせるほどの風。 
 
ここがマレーシアだとは本当に、ホントに信じられません。
 
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先祖たちは言った。
「我らドゥスンは死んだ後、魂はキナバルへと上る。」 
 
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この道は日本軍がボルネオ島に上陸した時に
コタキナバル〜サンダカンの道を建設した時に造った軍道です。
昔は車ではなく馬しか通れなかったらしいです。
 
ちなみにこの道が出来る前は
村人はここで穫れる煙草と海岸のほうの塩を物々交換するために
1週間くらい歩いて行ったそうです。
途中、首狩族であった彼らは他の民族と会ったら、、、と思うと大変でした。 
 
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朝ご飯にはロティチャナイ。
インド系の料理。
しかし、ボルネオ島のサバ・サラワク州にはインド系がすごく少ないため、
味がマレー半島のロティチャナイとは全然違います。
もっとこう、小麦をそのまま水とこねて作ったかんじです。
 
まったく、この清々しい朝はなんでしょうか。
やっぱり気温が違うと朝さえもさっぱり。
 
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早朝収穫した新鮮野菜を街へ送る準備をしてました。
なんせ、このおそらく20数度の気温。
野菜もそりゃ元気。
KLにて毎回買う野菜たちとは大違いのフレッシュ感。
ああ、そういえば新鮮野菜とはこんなにもおいしそうだったけ。
と、いつもしなった野菜を買ってるので忘れてました。
 
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サバ州の旗もキナバル山。
 
ここ、クンダサンでは涼しい気候を利用して
約20種類の野菜が作られているそうです。
KLもこれだけ野菜がおいしそうならいいのに。 
 
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ブーゲンビリアは今が満開の季節らしく、やたらキレイ。
あ、
これもだ。
花さえも半島や暑いとことは比べものになりません。。
気温とはすごいですね。
 
クンダサンは基本山なので、斜面を利用して耕作をしています。
数十年前までそこら中森でこんなに畑は多くなかったそうです。
民家も数十軒。
ところがどっこい、近代化の波はだれにも止められないようで
谷底の川周辺を除いて、いたるところに畑と畑と禿げ山。 
  
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今のシーズンはおそろしく乾期。
約4ヶ月間雨が降っていないそうです。
 
歩いてみるとものすごく良く分かりますが、土がバキバキのカラカラ。
さすがに、雨が降ってほしいです。
 
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谷底の川はキナバル山からの水。
冷たくて、ひやっとして気持ちいいです。
 
昔の人は竹で家を建てたり、今も楽器には竹を使ってたりと、
彼らにとって竹は重要なもの。
だから自分の竹林の目印に赤い布を付けてます。
もし持ち主の了解なしにこの赤い布を越えて竹を穫ると、、、
あれです。
そりゃ、だめってやつです。
イスラム教徒に改宗した彼らもちょこちょこと昔の風習が残っています。  
 
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傷口に塗ったら良い何やらの実。 
 
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クンダサンには戦争の後があります。
 
デスマーチ・サンダカン死の行進。
 
1945年、イギリス兵とオーストラリア兵の1000人以上が
劣悪な環境の中日本軍に数百キロ歩かされ、
虐待、強制労働、衛生環境の悪化、栄養失調などにより、
最終的には途中脱走した6名を除く全員が亡くなりました。
 
その戦争記念公園がここにあります。
 
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夕方、谷底の川へ行くと、
あの楽器を演奏してた子供たちが泳いでました。
っても、間違いなく冷たいし、寒いです。
さすがの子供たちもガタガタ・・ガタガタ。。
 
帰り道、日も落ちて辺りはすでに薄暗いなか、
楽器に使う竹を担ぎ、やたら急な斜面を裸足身軽にで登るこどもたち。
やります。地元っ子はやはりすごい。 
 
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先祖たちは言った。
 
「キナバルはいつも私たちと共にある。
  
 キナバルは私たちが何をしていても、どこへ行っても、いつも見守ってくれている。
 
 キナバルは私たちの全て。」
 
ドゥスンの民はいつもキナバルを父のように慕っていたのでしょう。
 
しかし、今の彼らはイスラム教徒。
聞くところによると、今はキナバルには行かず天国へ行くらしいです。 
 
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クンダサン村からミニバスを乗り継ぎ
ルアンティ村(Kg. Luanti)のタガル・リバー(Tagal River)へ。
 
え〜っと、タガルの意味はたしか
もう魚穫っちゃだめ。
の意味だった気がします。 
 
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フィッシュ・マッサージとか聞いた事がある人もいると思います。
あのちっこい魚がくすぐったいくらい、ちびちびと角質を食べてくれるやつです。
 
ところがどっこい、
ここの魚はそんな小さい魚ではありません。
デカイ!です。
ちょっと小さい鯉のようなこの魚。
 
元々こんな魚ではなかったのですが、
オーナーがここの魚を訓練して出来るようになったんだとか。
 
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フィッシュ・マッサージスパに飽きたら
これも良いかもしれませんね。 
 
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サバのお茶畑。  
  
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毎朝8〜12時にお茶摘みするようで、到着がちょっと遅かったです。
 
全部で12区画あるこのお茶畑。
1年中収穫できるため、1区画を1ヶ月単位に分けて収穫をしてます。
 
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ここにも、クンダサン死の行進の記念碑がありました。 
 
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おばちゃんと一緒にミニバスが来るのを待って、
一度ラナウ(Ranau)へ行き乗り換え。
 
ここにはフィリピンから来た人たちがやたらいました。
雰囲気が明らかに半島の田舎とは違います。
ちなみに、クンダサンより少し標高が低いこのラナウ。
もうすでに、清々しい風は吹いてきません。
村人が言ってました、
あの風と気温はクンダサンだけなんだよ。って。 
 
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伝統音楽で知られているここクンダサン。
そりゃ楽器職人もいますね。 
 
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この人、
師匠はいないらしくて、全て自己流で作ってます。
手際よくキーボードを頼りに音程を合わせていって
奏でる音楽もプロ。
マレーシアでもちょっと名のある人らしいです。
 
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子供も、ありゃ身体にしみ込んでるんでしょう。
「ティンギ ティンギ〜 グーヌン キナバル〜♪」
をやってました。 
 
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いろんなとこから頼まれて楽器を作ってるらしいです。
この時は木琴ならず竹琴と、ソンポトン。
 
自分も横笛をチャレンジしましたが、
まったく低音が出ず。
ひゅーーーー、ふーーーーーー、すーーーーって
息が竹の中を通っていくだけ。
 
と思ってたら、横笛もらってしまいました。
ありがとうございます!
練習します。
きっと日本に帰ったらキナバルの音楽も奏でられることでしょう。
 
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毎日、一刻と同じ表情を見せないキナバル山。
この日の朝は雲に覆われていました。 
 
しかし、朝ご飯を食べてると
みるみるうちに快晴。
 
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と思ってたら、移動です。
 
さよならキナバル! 登りたかった!!!! 
突然ですが、ドゥスン語。カタカナで書くため実際使う時は発音に注意です。
 
ポンシコー → ありがとう
ミヤガル  → どういたしまして
 
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ポンシコー! キナバル最高!  
 
クダットへ続く。 
 

パリッブンター・CNY その4

もう旧正月の雰囲気も落ち着いて、日常へと戻ってますので
バスも難なく乗れまして 
KLから再びパリッブンターへ。
 
この時期は旧正月の最後の行事があって
みかんを海やら川・池・湖に投げるらしいのですが
残念ながら情報が集められず。。断念。
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今回は、前回参加したプチ山登りエクササイズ
彼ら曰くハッシング(Hashing)
の年に一度のマレーシア全体の集会。
 
マレーシアの村・町などさまざまな地域にこのハッシングのチームがあります。
いろんな場所で年に1回こういったマレーシア全体のチームを集めてハッシングする
イベントがあるようで、今回の場所はイポー(Ipoh)。
毎回新しくTシャツやらポロシャツやら、タンクトップやらが新しく作られます。
今回も配っていたのは、赤いTシャツでした。
 
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イベントのスタート会場には各チームのテントがあって、
水、スイカ、お菓子などを配ってました。
いちおうお祝いだからでしょう、
ライオンダンスをやってましたが、やはりみんな見慣れているようで
ほとんど気にしてなかったように見えました。
ちなみに、参加するのは華人とインド系の人たちだけ。
 
なぜかって?
 
それは、このハッシングが終わった後の乾杯があるからです。
イスラム教徒の人たちはお酒が宗教上飲めないため参加しません。。
 
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でも、開会式にはマレー系の偉い人が参加してました。 
 
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今回のハッシングはお祝いもかねているようで、
45回目のこのイベントと、
この眼鏡をかけたおっちゃんの75歳の誕生日ハッシングだそうです。
おっちゃんのハッシング歴は何やら世界一らしく
ハッシングを毎日やってるギネス保持者らしいです。 
 
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スタートしました。
みなさん、やはり各地域のシャツを着ています。
中にはスタートの前から
「ハッシング前のエネルギー補給せにゃならん。」
といって一杯やってるおっちゃんもいましたけどね。。
エクササイズしたいんだか、飲みたいんだか。。 
 
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コースは2種類ありまして、
ショートコースと、ロングコース。
考えものです。
左の写真がショートで、右がロングなのですが
明らかにロングコースの方が険しそうです。
 
ですが性格上、ここでどうしてもショートコースを選択する事ができません。
男ならロングだ。
などと思ってしまいますから。。
 
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ロングコースの入り口から登りにかけては、もう渋滞です。
空は今にも大粒のスコールをひっくり返すかのように重い。
さらに、
登りが地味にキツく、こりゃもう完全な山登り。
渋滞がひどいと後ろから
「オン! オン! オーーーーーン!!」
という声が聞こえてきます。
おそらく進め! の意味なんでしょう。
熱帯の森独特の蒸すような感触。
鳥の鳴声も声高に歌い、応援してくれてるんでしょか。
 
目印のピンクの紙がそこら中に撒かれてるので、
それを頼りにみな進んで行きます。
 
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一山完全に登り、正直思ったよりほんとに疲れました。
まさかここまでとは。
下山途中の斜面からは、山を削って高級住宅地を造ってる谷間が見えました。 
 
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飲み物も食べ物も自由にもらえるため
そりゃもう、そこらじゅうで飲んで食べて。
みんなこのハッシングして一汗かいた後の一杯がたまらんから
登るのでしょう。
 
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華人たちが大半なので、今回もショーガールと呼ばれる人がいまして、
一回のショーで2000〜3000RM(約6〜9万)らしいです。
それと共にカラオケ大会もやってて
踊ってたり、かなり盛り上がってましたね。
みんな好きなんですね。
 
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次はハッシングとは打って変わって
 
インディアン・ファイアー・ウォーキング(Indian Fire Walking)。
 
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各ヒンドゥー教寺院で年に一回行われるらしいのですが
今回はここ。
準備している、これから歩くであろう場所には火や炭が盛ってあり
轟々と熱を放ってます。
空は晴れ、気温はいつものように30度を越える暑さ。
それでも近くに寄るだけで熱に顔を掴まれまて、
信じられません。
これはさすがに絶対熱すぎです。 
 
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神輿に神様を乗せてます。
これは日本と同じように町を練り歩きます。 
 
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デイビッドさんは、マレーシアをサイクリングで旅する外国人を受け入れて
この地元を案内したり、旅の相談や質問に答えたりしています。
前回の旧正月シーズンには自分一人が訪問者だったのですが
今回は英国人の男性とロシア人の女性が二人。
二人ともサイクリストで、それぞれアジアを数ヶ月間自転車で旅するらしいです。
 
そりゃあ、もう感動したのなんのって!
 
英語が、、これこそが生きた本当の英語です!
 
今の学校の先生はネイティブですが、外国人相手の授業英語なので
生きた自然な英語ではありません。。
普段喋るのは留学生の友達とマレーシア人だけ。。
こんな英語初めて聞いたかもしれません。
感動です、ほんとに。
 
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二人にサイクリングとバックパキングどう違う?
と質問すると、
バックパッキングは旅行者が観光地に行って観光して
ほとんどの現地の人は、興味なさげにしか観光客を相手しない。
けど、
サイクリングは完全に違う。
1日だいたい100キロしか進まないけど、
むしろ現地の人たちが自分たちに興味もって
すごいたくさん質問してくるんだとか。
そういえばデイビッドさんも
アジアやヨーロッパをサイクリングしてた時にみんなに助けられてた。
って言ってました。
しかもこのロシア人の女性は安全面もそう問題ないと。
なんと、この3人タフな。
自分一人がただの自転車好きで、3人が世界をサイクリングする人。
サイクリングで旅をする、というのもすごく魅力的です。
 
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また、トディーショップ。
 
おっちゃんが持ってるのは体長1.3mくらいのでっかいトカゲ。
骨が多いけどおいしいらしいです。
 
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火の上を歩く前に行列は川から始まります。
 
さっそくトランス状態に入ってる人多数。 
 
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KLのタイプーサムとは違い、ここは地方のお祭り。
規模は全然小さいですが、
なんと、華人のおっちゃんまでも参加してました。
なにやら同じ神様を信仰しているようで、
でもトランスに入るのってハヌマーンだから猿の神様。
きっと斉天大聖の孫悟空でしょう。
ちょっと首についた花がヒンドゥーっぽいですが、
いやいや、頬に通したやつに小さな赤い提灯が付いてます。
あれが華人の証。
おっちゃんは身体をゆらゆら揺らしながら
小さい鈴の付いた足を、リズミカルに足踏みしてました。
シャン、シャン、シャン、シャン
 
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どうやらここは
華人の人たちも積極的にこのヒンドゥーの祭りに参加しているようです。 
行列組んだり、トランスには入りませんが
手を合わせてたり、額にぽちっと赤いの付けてたり。
KLのとは大違いです。。
 
ここにも果物をムシャリ食べながら歩いているハヌマーンがいました。
たぶんあれは、ハヌマーンが果物大好きなんでしょう。
 
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寺院へ戻ると、さっきは誰もいなかったのに人がたくさん。
もはやナイスポジションで火の上を歩く姿は見れなさそうです。
ぐるっと人垣ができててよく見えません。。
 
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火の上を歩く儀式が始まりました。
 
昔テレビで、火の上を歩けるのはなぜか!? 
という科学検証番組がやってて
それは極度の集中と緊張により足の裏が汗をかくことによって、
それがコーティングの役割をして火傷をしないんだとか。
いやいや、そんなこといっても、、
おっかないですね。だってありゃかなり熱そうですし。
 
熱いのは当事者たち。
勇気ある者は堂々と踏みしめるかのごとく火の上を渡って行き、
心に不安を残す者は走り抜けます。
火を渡りきったとこには牛乳があって、そこにて足を冷ます。
最初に渡った一番偉い人であろう人の渡りはおみごとでした。
 
しかし、残念ながら
その火渡りしてるときの写真を撮るのすっかり忘れてました。。。
 
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寺院の中にもトランス状態に入っている人が幾人か。
しかも突然暴れだすかの様に目を丸く開き形相を変え、
踊りだし、意識が彼方へ行ってしまったようです。
響き渡る連打の太鼓。
耳から頭の中に入ってきて、意識の中までも揺られそうで、
ビリビリと体中の表面にもその振動が響きます。
 
えっ?
 
あれはほんとにトランスに入ってるのかって? 思いました?
 
思ったか、思ってないか分かりませんが
自分も最初は疑ってました。
急にって何事? んなまさか。って。
回りにいた人に聞いてみると
 
毎日ハヌマーンに祈りを捧げないとダメなんだ。
1回トランス状態に入った人は、
2回目からは意識をしなくてもハヌマーンが降りて来てしまうんだ。と。
だから突然「ふんぬっ!」って始まります。
トランスに入るか、入らないか、それが本当か偽りか、
信じるか信じないかではなく、
ハヌマーンはそこにいて、降りてくるもの。
なのでしょう。
それが信仰心なのだと思いました。
トランスが終わった人は我を取り戻した様に目が戻り
そして、ぐったりと疲労してました。
 
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セレモニーが終わったころにはすっかり暗く、夜。
寺院の中や回りには相変わらず人がたくさんいて、
まだ何やらかをやっていました。
 
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今回は生きた英語に感動したので、かなり良い刺激になりました。
ありゃ本当にぜんぜん違いますね。
 
ということで、ほんとはもっと英語教えてほしかったですが、
サイクリストたちに別れを告げ、学校があるため夜行バスにて帰→KL。
 
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次はどこぞへ。。 
 

パリッブンター・CNY その3

トディーから回復して、活動を開始します。 
マレー系の結婚式がある時は道に目印があるのですぐ分かります。
この日もサイクリングをしながら目印を発見。
 
辿って行くと、テントと人だかりです。
でも時間がちょっと早かったようで新郎新婦はまた来ておらず
人だかりに混じってご飯をよそってもらってると、
デイビットさんが、
「ケイタ! もう来てるよ、あそこ!」
はっ!
なんということ、いつの間にやら新郎新婦は来ていて
ご飯に気を取られて見たいポイントを逃しました。。。
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マレー系の結婚式は基本的に家です。
この日は新郎の家で、次の日は新婦の家で。と2回。 
 
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親族は新郎新婦とお祝いしてましたが、他のみんなご飯を食べてたり。
帰り際にお土産をもらいました。
こんな、突然どっから来たか分からない日本人にも快く渡してくれました。
お土産には、ゆで卵とお菓子。 
なぜ、ゆで卵??
聞いても、分からず。  伝統よ。とのことです。
 
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そして、次はインドの結婚式へ。 
 
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会場は、ここはおそらく普段は体育館として使われている場所です。
壇の上では、新郎・新婦がそれぞれ別々に結婚式の準備をしてました。
ヒンドゥー教の神官のおっちゃんと一緒に書類を読んでたり、
結婚式用のドレスを用意したり。
この時はまだ一緒に座らないようです。 
 
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結婚式はまだ始まらないようなので、まずはカレー。
この結婚式でも招待はされたけどご飯だけ食べて帰る人がたくさん。
むしろホールの中には最初から全員分席はありませんし、
ほとんどの人は結婚の儀式を見てない様子でした。
 
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青いサリーに着替えた新婦が行列を作って再度入場してきました。
とうとう結婚式が始まったようです。 
 
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音楽担当はこの人。
もちろん全てインディアンの曲で、一曲終わるごとに次の曲をクリック。
  
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全てがなぞです。
いろいろと、両親の足を洗ったり、儀式を順々にやってるのですが。
なぞ。
えっ? なんで洗ってるの?? と不思議に思ったり。
日本で自国の風習に対して、こんななぞに思わなかった気がします。
元からあったものとして、すべて自然に受け入れてたんでしょう。
ここで質問しても、全ての答えは分からず。
やはり彼らにとってもこれが自然だからでしょうか。
ちょっと分かったのは、
ココナッツがやたら大事なのと、種はこれからの二人の人生が成長していく証、
それと小物やら、いろいろ全てに意味がある。ということ。
そんなことが分かりましたが。
異文化に触れるというのは、自国の文化に間接的に触れてるみたいです。。
 
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よく分からないうちに、新郎新婦の頭に布が巻かれ、
新郎が新婦の首に紐を結ぶと
バンッ!! 
という音とともに紙吹雪がひらひら。
完全に不意をつかれて、ほんとにびっくりしました。
どうやらここが一番大事なポイントらしいです。
 
新婦や親族は幸せのあまり感動して、涙してました。
なんと、
幸せすぎて涙を流せるなんて、素晴らしい。
 
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そして、新郎新婦はこの壇上をぐるぐると右回りに歩いてました。
なぜ? もう終わったんじゃ??
と思いましたが、もう良いです。
みんな幸せそうなので、こんなふらっと来た日本人がこれ以上じゃまできません。
 
神官のおっちゃんは儀式最中は汗だくだったので、
終わったその顔にはどこか清々しい達成感がありました。
 
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中国旧正月は14日ですが、福建の人たちはちょっと違います。
彼らの正月は旧正月明け9日後。
なぜなら、昔々、中国が戦火にあったとき福建の民はサトウキビ畑に隠れていました。
そして旧正月がきましたが、彼らは気づかず、
9日後に戦火も落ち着いてサトウキビ畑から出た時に、正月のお祝いした。
それが福建正月(Hokkien New Year)の始まりだそうです。
 
だからそれを見にパリッブンターから車でちょっと行った所の
クアラクラウ(Kuala Kurau)へ。
ここは福建から来た人たちがわりと多くて、
特にデイビットさんの友達のいる一角はぎしっと集まってます。
 
行ったらさっそくその準備をしてました。
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祭壇を作っていろいろと食べ物やお酒、紙銭、
そしてもちろんサトウキビも置かれて準備されてました。
 
紙銭は死者が冥界にいてもお金を使えるように焼いて、
食べ物はこの福建正月が過ぎたら食べるんだとか。
 
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この人形は厄払い用です。
0時を過ぎてお祈りをした後、父から順に母が人形を持って
身体の周りをなでるように厄払いをします。
 
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祭壇の物の置き方や、組み方も基本はあるのでしょうが
各家によってちょっとずつ違います。 
 
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0時をまわる頃になるとみんな線香に火を点けて
祭壇に向かってお祈りし始めました。
最初に夫婦、そして子供たちの順番。
 
ここでもやはり、いろいろ不思議なので
これの意味は? とか、 これは何??
とか聞くのですが、みんなやっぱりはっきりした事は分からないようです。
 
そりゃそうですね。
よく考えれば、
自分が外国の人にものすごい細かいポイントで、
日本文化の事を聞かれてもたぶん分からないですし。
身近にありすぎる物の意味って、なかなか知らないものなんですね。。
 
だから、彼らが毎年福建正月をやるのも意味は知らないけれど
それが普通で自然なんでしょう。
 
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線香を点け、お祈りをして約1時間待ちます。
1時間待つものらしいです。
 
その間は、花火と爆竹。
 
そして、とうとう焼きが始まりました。
祭壇にお祈りをしてから、ぞくぞくと焼かれていきます。 
 
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この区画だけは、かなり福建の人たちがかたまってるので
あっちでもこっちでも焼いてました。
紙銭を焼いて、それからこのいろいろ焼いて、
最後にサトウキビを焼いてました。
 
でもちょっと通りに出たりすると、そこには何もしてない家が。
そう、
彼らは福建出身じゃないのです。
もしかしたら広東だったり、海南かも、潮州かも。。
この時ばかりはどの家が福建か一目瞭然です。
帰り道、遠くからでも家の前に火が見えるのですぐに分かりました。
 
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と、やたら盛りだくさんな今回の旅行。
学校が始まるため夜行バスにて帰KL。 
 
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デイビッドさんが、土日にまたイベントがあるから戻って来るのが良い。
とのこと。
 
その4へ続く。。 
 

パリッブンター・CNY その2

インド系の婚約式へ。
  
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これは結婚式じゃなくて。婚約をする儀式だそうです。
ヒンドゥー教寺院でやるのですが、
日程・儀式・その他もろもろ、全てヒンドゥー教に沿って行われます。
ちなみに子供が生まれた時もヒンドゥー教の教えから、
何の文字から始めたほうが良いか決まるそうです。 
親戚やら、友人やらが夕方ふらふらと集まってきます。
 
寺院の入り口まで様々な格好をしたガネーシャに挟まれて、
赤いカーペットが敷かれています。
カーペットの上を歩くのはちょっと渋いため、ガネーシャの横っちょを歩いて入り口へ。
聖水のような、何やらの水を頭にひゅっ!とやられ
この赤と橙のを眉間らへんにぽちっ。っとみんなやってました。
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新郎新婦が来る前に、女たちが行列を組んで
花やらお菓子やらを持って中へと入って行きました。
 
でも入って行くほとんどは女たち。
男たちはといいますと、外で喋ってました。
みんなは中に入れないから、だそうです。
女たちのほとんど全員はサリーやインドの伝統的な服を着てるのですが、
男たちはみんな普段着です。。なぜ。
まあ、日本で浴衣をきるとかわいさ3割増と聞きますが、
ありゃサリーもかわいさ3割増しですね。
キレイです。だから別にいっか。
  
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なにやらの儀式がずっと行われています。
中には入りにくいので外から除いていましたが、
インドゥー教の神官のような人と新郎新婦の父たちが受け取ったり、渡したりと
ほんとに何やらかをやってました。
きっと順番とかが大事なのでしょう。
新婦には金のアクセサリーがたくさん。絶対に必要なものらしいです。 
それがないと結婚できないんだとか。 
 
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タイミングを計って、お菓子が振る舞われたり
建物の外ではカレーがあってみんな食べてました。
でも、中にはここに招待されたけど、
儀式を見るのは面倒だったり、時間がない人もいます。
そんな人たちはカレーだけ食べて帰るそうです。
 
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儀式も終わりに近づいてきたら
親族からでしょう、の順番で赤いぽち。を眉間につけてお祝いしてました。
新郎新婦の眉間もそりゃ無限ではないので、途中拭き取ったり。。
しながら、婚約の儀は終わり。
 
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そして、またサイクリングへ。
ここ周辺はものすごいカンポン(マレー語で村)の雰囲気があります。
田園が広がっていて米を作っている農家も多く、
高床式で装飾が綺麗な家もたくさん。
そりゃ、日差しは暑いしまぶしいですが、
このカンポンの雰囲気まんまんの道をサイクリングするのも良いもんです。
 
しかしペダルが壊れ、結局バイクにてお宅訪問。。
 
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さすが、中華系のお宅!
全く甘くないお茶をいただきました。
マレーシアはほとんど何を飲んでも甘いので、懐かしささえ。 
 
アンパオと呼ばれる、日本でいうお年玉をもらいました。
これを目当てに片っ端から家を訪れる人もいるんだとか。
でも、それは悪い事ではなくて、お祝い事だそうです。
ちなみにアンパオは華人の文化ですが、
今ではマレー系もインド系もみんな
アンパオを自分たちそれぞれのお祝いの時に子供たちにあげてます。
華人たちは赤の入れ物、マレー系は緑、インド系は・・もらったのですが、忘れました。。。
 
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バティックの作業場
 
バティックとはインドネシアとマレーシアにある特産品で
ろうけつ染めという技法を使っています。
ここではホームページに大量にあるデザインから自らオーダーできるんだとか。
サロン(腰巻き)やパレオ、スカーフと用途はさまざまです。
この兄ちゃんの塗りはやはり職人。
隅の細い部分まで布への浸透率を計算して塗ってました。
しかし、 
作る人が2人しかいなくて大変そうです。。 
 
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一見清々しい海辺の景色です。
が、
ここは約10年前まで2〜3キロほど沖へマングローブ林や住居があったそうです。
今では見る影もなくなってます。全て開けた海。
マングローブどころか、石が置いてあって波の浸食を防いでいて
小さい浜までできあがってます。
 
なんとまぁ、なぜ。。?
たった10年で2〜3キロあったマングローブが自然に消滅するのは早すぎます。
 
どうやら
網を海の底まで降ろして、海の砂ごと根こそぎ漁をしたことが理由らしいです。
漁を繰り返す事によって地面が削られ、坂ができて
どんどんと地面が沖へ沖へと下がっていって、
それと一緒にマングローブの林も消えていったんだとか。
 
あらら、、こんなとこにも自然の痛みが。。
 
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華人の家の玄関にあるこの漢字は先祖がどこから来たのかを表しています。
この家は発張新、他は清河、太原とかいろいろ。
 
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卵工場
 
外で兄弟が卵を分けてて自分は初めて見て感動したのですが、
彼らは・自動卵の大きさ選別機・を使っていました。
コツン、コツンと卵の重さを量るように上下に動きながら選別していきます。
なんとまぁ賢い発明でしょうか。
 
その後、選別された卵は塩と黒い粒の入った傾斜マシーンへインします。
筒が回転しながら上からコロコロコロと卵が転がってきて、出でくると、
みごと。
きれいに卵が黒いので囲まれています。
この黒いのには塩が含まれていますので、配送して人が食べる頃には
卵の中に塩味が入ってるんだとか。
 
この塩卵機が発明されるまで1日手作業で数百個しか作れなかった塩卵が、
なんと、
数千個単位で作れる作れるようになったんだとか。
マシーン発明とはすごいもんです。
 
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「今日はエクササイズの日だ。走りに行こう。でもチームのTシャツを着なきゃダメだ。」 
と言われ青いTシャツを貸してもらい出発。
デイビッドさんのインド系の仲間も一緒に車で山へ。
 
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あれ? 走るのになぜ山?
 
と思ってると、さっそく出発。
 
先に出発した誰かが目印を置いてくれてるので、それを辿ればいいだけです。
が、、
一向に走る気配はなく、プランテーションや森の中を登ったり下ったり。
こりゃプチ探検みたいで、走るんじゃなく山登りです。
最初は、おっちゃんたちの運動だからと
ちょっとなめてかかってましたが地味に良い運動になりました。
終わるころには汗だく。
おっちゃんたちは毎週場所を変えてこの運動を続けてます。
 
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運動で疲れた後、何をするかといいますと
みんなで乾杯。
いやいや、でもあんまりお酒飲まない派なんすけど、
ちょっとで大丈夫だからと注がれ続け。。
ペットボトルに入った白濁のココナッツ酒のトディーという飲み物や
JAZというマレーシア産のビールを3本ずつ。
旧正月フェアで3本頼むとミニギネスが1本サービスで付いてくるので。。
 
しかしまあ、おっちゃんたち飲むの好きだこと。。
 
ここで覚えたタミル語をちょっと
実践で使う時はカタカナ表記なので発音には注意です。
 
マナカム       ー   ヒンディー語のナマステと同じ。
イェーットゥ・ママー ー   乾杯!
ポイトゥー・アラン  ー   またね!
 
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旧正月休みを明けた漁村は、閑散として誰もいなかった雰囲気とは違い 
漁から帰ってきた舟がいたり、せりがやってたりと
仕事の雰囲気に変わってました。
 
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干し魚工場
 
おばちゃんたちがせっせと魚のはらわたをとってました。
なんせ捌けば捌くだけ給料が増えるからで、干した魚を運ぶ時も動きの速いこと。
自分もバイトしてたとき、あんなに速く動いてたんでしょか。
ちなみにこの干し魚はアラビア各国へ輸出されるそうです。
 
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トディーショプ
 
トディー(Toddy)とはパームワインのことです。
アジア各国やアフリカなので飲まれていて、
マレーシアには英国人がインド人と一緒にこのトディーも持ってきたらしいです。
花が出てくるところを縛って一束にして壷をつけ、
1日2回収穫します。
放っておくとどんどん発酵が進むので、
収穫したてが一番アルコール度数も低いし、香りも新鮮。
 
 トディーを売るおっちゃん
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と、
 トディーを収穫するおっちゃん
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マレー系の人はイスラム教なので来ません。
来るのは華人とインド系のトディーファンたち。
今は休みだから、1日中ここにいるらしいです。
 
せっかくだから新鮮穫りたてを飲ませてもらいました。
が、
匂いが! 独特!
口に入れたとたん芳醇な香りがすると思いきや、
独特な後味のような香りも同時に。
ココナッツジュースの香りが4倍になったみたいな。
慣れるまでちょっと時間を要します。。
 
そして、なんといってもトディー目当ての大量のハエにも慣れねばなりません。 
 
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「オサケノマナイハニホンジンナイヨ!!」
とちょっと日本語喋れる華人に言われ
トディーに完全にやられました。
半ばふらふらでナイトマーケットへ。
 
写真を撮るにはこういうコミュニケーション、
いやノミニケーションも必要なのでしょうか・・・。
 
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気を晴らすためにジュースを飲んでデイビットさん宅へ戻る。。
 
 
3へつづく。
 

パリッブンター・CNY その1

2月14〜28日までは中国旧正月でした。
マレーシアではチャイニーズ・ニュー・イヤー(Chinese New Year = CNY)。
恭喜発財とみんな言ってます。
 
中国の文化では1日目にはこれ、2日目にはこれ、3日目には・・・
といろいろと決まっているらしいです。
 
いつものように体験させてくれる家族を探してると、
あららら、
まったく見つからず。今までで一番渋い。
全ての家族が
「あ〜、、残念だけど親戚が何十人も来るからスペースがないんだよね。」
って、そんなたくさんですか。残念。
 
きっとどこかにマレーシアの旧正月の、
その親戚ごった返す感を体験させてくれる家族がいるはず!
と、願うがやはり見つからず。
 
こうなったら猫の手でも借りたいと思い、
インド系のデイビッドさんとこへ行く事に。
華人の家族のとこに行きたいのに、インド系はちょっと、、
が、もうしかたあるまい。旧正月が始まってしまう。時間もないし、万策尽きました。
彼曰く、
「分かった、おれが出来る限り旧正月を体験させてやる」とのこと。
心強い。
ということで、ペナン州はパリッブンター(Parit Buntar)へ。
 
CNY0101.JPGCNY0102.JPG
これがまた、長期休みの時はバスが激混みするのです。
ほんとはさっさと家族を見つけて悠々と出発したかったのですが、
そうはならず、出発当日の早朝にいつものようにプドゥラヤ・バスステーションへ。
バスのカウンターへ行くも
「NO! NO! NO! 全部フルだよ!」ってパリッブンター行きは全く買えず、
なんとか勢いで近くの場所のバターワース行きのチケットを購入し、1時間半ほど待つ。
 
ようやくバスが来るものの
はら? バスの中すでに満杯ですけど?
しかし同じように待ってて、同じチケットを持ったマレーシア人や外国人観光客もたくさん。
こら、明らかに全員乗れません。なんせすでに満席。
 
自分がチケットを出すと、なんと
今回ばかしは外国人観光客と思ってくれたのか、乗せてくれました。
もちろん他の待ってる人たちは
「ほらっ! チケット持ってんじゃん! なんでバス乗れないんだよ!」
と、
「NO! NO! NO! このチケットうちの会社じゃないよ、ほら色違う。
 待ってれば、新しいバス来るから! 乗れない、乗れない。NO! NO! NO!」
 
なんと、自分はラッキーな。
このバスに乗れなかったら到着は翌日になっていたでしょう。
席は運転手のおっちゃんの隣のエクストラ・シート。
まさに滑り込み。
 
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バタワースでバスを乗り継ぎ、早朝出たのに到着した時は夜の8時。
普通の日なら5〜6時間で着くところを。。 
 
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CNY0107.JPGCNY0108.JPG
この日はチャーニーズ・ニュー・イヤーのイヴです。
さっそくデイビッドさんが、
なにやら人がたくさんいてお祝いしてるところへ連れてってくれました。
前の職業で顔が広いようで、近くの友達の家でさっそく一杯。
 
この旅はマレー系の家を訪れるのとは訳が違くなりました。
 
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ショーガールと呼ばれるお姉ちゃんが歌ってたり、おっちゃんが一緒に踊ってたり
やたら低い花火が上がってたり、爆竹が炸裂してたりと、
勢いが違いますね。こら。
 
ちなみにマレーシアでは爆竹は禁止。KLでは見れないらしいです。
でもここではOK。とな。
 
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0時が近づくにつれ、勢いは坂を下るように増していきます。
そこかしこで炸裂。
爆竹は耳をつんざくように暴れ、人々はそれに驚嘆し、空気はさらに加速。
 
お寺でのお祈りも始まってます。
お線香を持って、いろんな場所でお祈りするみたいですね。
 
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花火をあげてる人曰く、5000RM(約14万)くらい注ぎ込んだらしいです。
 
低い花火が空に光を散らす度、何かが空からパラパラと落ちてきて顔に感触を残します。
多くの人がその花火を見上げて旧正月の始まりを感じるのでしょう。
若者たちはKLのニュー・イヤーの時と同様に
シューーーーッ! ってやり合ってました。
 
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人々は酒を飲んで、花火や爆竹を地で空で炸裂させ、それを見上げ
若者はバイクに乗って乾いた裂音を響き渡らせて走り始めます。
みんなこの活音が好きなんですね。
それらの音とともに正月の夜が浸っていきます。
 
恭喜発財
 
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このデイビッドさんはインド系マレーシア人のサイクリストです。
ある日、家の近くで韓国人のお腹を空かしたサイクリストに出会って助けたことから
彼も自転車に乗るようになったのだとか。 
東南アジアや、南インド、ヨーロッパまでもサイクリング旅行してます。
今度はアメリカへ行くと。
なんとまぁ、マレーシア人でこんなことしてる人はそうはいないでしょう。
 
ということで漁村へサイクリングで出発。
 
途中、エビの養殖場やら、ツバメの巣用の建物やら、プランテーションやら
を通って漁村へ着いたけれど。
そこは閑散。
なんせ、ここの漁民たちはほとんど華人たち。
まだまだ旧正月休みです。
 
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「今日は華人の友達の家に招待されてるんだ。」
と、中華料理を期待してついて行くと
そこにはカレーが。。。
なぜ。
「サトゥ・マレーシアよ。」と奥さん。
そこに呼ばれてた友達もみんなインド系の人たちでした。 
 
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次に、サウナへ。
しかしここもやはり休んでまして、親戚一同がだべってました。
 
このサウナは近代的なサウナではなく、伝統的な村のサウナらしいです。
なんと、燃料はココナッツ。
部屋を暖める時はハーブを使うため香りもいいんだとか。
 
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舟の色が全部統一されています。
 
これは決まりで、場所や地域によって舟の色が違うのだそうです。
ここの舟の色は青・赤・黄色。 
 
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木炭工場
 
ここの木炭は日本にも輸出されています。
マングローブの木を政府から許可を取り伐りに行って、ボートで運び、
それを29日間煙でいぶします。
自分のイメージの木炭は、こう小さいブロックなのですが、
ここの木炭はでかいです。 
渋いおっちゃんが仕事してました。 
 
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地元で人気のミーゴレン屋 
 
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その隣に店を構えるABC(かき氷)屋 
 
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とそんなこんなで、いろんな場所へ連れて行ってくれます。
 
2へ続く
 

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