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風の中で踊れ

午後の虫

今回のインド僕は体調も大丈夫でしたが体調を崩すクラスメイトは少なくありませんでした。熱を出したり入院したり寝込んだり、下痢だけで済んだ僕は幸運です。きっと福島の土を食べせらてたからで、3秒ルールを続けていた結果、インドの菌に強い身体に育ったに違いないです。軽くなら落ちたものも食べるのでこれからも続けていきたいです。そうして少しずつ菌を身体に入れてもっと強い身体へと進化していきたいです。

けれどお腹を壊すのは昔からで牛乳を飲んでもお腹を壊すし、冷たい飲み物でもお腹を直ぐ壊してしまいます。食べたら直ぐ出る、なかなか締まりがわるい。(ラクダと一緒)なので日々それを我慢することがあります。車の中、バスの中、移動中に不祥事があってはいけないので食べず飲まずに移動に挑む事が多いです。今まで1番我慢したのは高校生の時でした。
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それはある晴れた夏の日の午後だった。夏の太陽は強い光で僕らのいる白い校舎を容赦なく照らしていた。カーテンを閉めても陽射しはやむことはなく、進まない鉛筆を持つ手の影を真っ白に輝くテスト用紙にくっきりと写し出していた。ジリジリと暑く額に落ちる汗とエアコンのカビ臭く冷たい空気は僕に気持ち悪さを感じさせた。
体育館近くの部室の辺りにいるであろうセミの鳴き声が聞こえ出した。
クラスメイト達がカツカツと鳴らす鉛筆の音は兵隊達のブーツが列を作り始じめた時の足跡の様に聞こえた。歩けない僕は列に入れず汗りだすが足が踏み出せず彼らをただ遠くから見ることしか出来ずにいた。
セミの鳴き声はどんどん大きくなり早くなっていった。そして僕のお腹の虫もそれに合わせ鳴き始めた。
鳴いては止み鳴いては止み、僕を僕自身が煽ってきた。波のように引いては押し寄引いては押し寄せ、まるで僕がもがき苦しむ姿を愉しんでいるようでもあった。

足の指は地面に食いつき襲ってくる波に耐えるかのように力が入り、2つの脚は机の足より硬く直立に伸び、脚の肉の筋が1つずつ収縮し、紺色のズボンには腿から垂れる汗が染み込み、臀部は開かぬ貝のごとく、決して割れることのない海のように、それは穴がない宇宙のように1つの完璧な尻と言うだけの肉体の役割を果たしていた。

その時の僕の身体は内側からこみ上げる黒い波に耐えるためだけのテトラポットになり、精神は波を見るための灯台になっていた。時の音の終わりを知らせるチャイムが鳴った、気づくと僕は机の四角を強く強く絞めていた。その時、黒い波は息をしていなかった。青白く黄色い手の平にはびっしりと小さな汗をかいていた。

紺青の雲波

後半はインドの南側に来ています。西ガーツ山脈と呼ばれる南北に1600kmもある大きな山々に囲まれた町から始まりました。町の名はコインバトール空港に着いた時は風が優しく吹いていてこれまでいたバラナシとは全く違い、ねねちゃんと二人「涼しいね」と言ったのを覚えています。空港からタクシーでホテルまで行き、その日はバラナシからの移動で1日が終わりました。移動は好きなんですがインドは広すぎて移動するのにとても時間がかかります。寝るか音楽を聴くかブログを書くか、写真を撮るしかありません。この4つのルーティンをして移動します。

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翌朝サイレントバリーに向け出発しました。タクシーで行くのですが初めての土地ではどのくらいの値段で何処まで行けるかの相場が分からず少なからず多く払ってしまい後から現地の人やホテルの係りに相場をきくともっと安く行けることを知り「あのクソがぼりやがって」と少なからず思ってしまいます。よくないですね。そんな時は心を鎮めて笑顔をつくります。ニコニコ療法で精神状態も保てます。

それからインドでは停電が毎日あります。いきなり電気が消え町中の光がパッと消えます。まるで町全体が深い深呼吸をするようにスッと消えます。最初はいつまで停電が続くのかななどと不安に思っていましたが、今では停電と共に僕の気分もサッらと変えてくれてるような気がします。最初は不可解なことも時間が経つと慣れて体に馴染んできます。何だか最初はキャッチすらできなかったボールを段々取れるようになって、しまいには投げ返してキャッチボールができるようになった気分です。

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(宿泊先の裏山まで来たネネちゃん)
宿泊先に着き早速ねねちゃんと散歩することにしました。散歩のような登山のような何かでした。普段他の人の撮影に付き合うことはないので新鮮でしたし、色々考えされました。被写体に向かう姿勢や撮り方など初めて見たので衝撃は大きかったです。

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(山の光を捉えた瞬間のネネちゃん)
どこを見渡しても山だらけでした。僕の実家は郡山でぐるっと山に囲まれているので少し車を走らせるとすぐ山にあたります。夕刻、車を西へ走らせると山の向こうの雲が稜線に見え大きすぎる山に見えたことがありました。そして山は黒に近い紺青に色を変え、海が無いはずの西側から山よりも高い波が来てるように見えたこともありました。その時少し怖くなったのを覚えています。

青嵐ネネちゃんのプロマイド〜おちゃめ編〜
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(足を滑らせ尻もちをつくネネちゃん)

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(座らされ写真を撮られるネネちゃん)

 

小屋は川へ流れて海へ出る

 

ガンジス川は日に日に大きくなっていきました。見えていた河辺の道は見えなくなり、ボートの停泊位置は大きく上がり、河の沖にあった中洲は消えました。その大きくなった姿が新しい姿なのか本来の姿なのか僕には分かりません。もしかすると変わり続ける姿がガンジスそのものなのかもしれません。きっと川も子供から大人になるように年を取り成長していくんだと思います。海か川どちらが好きかと聞かれたとても迷います。海は女で母であり、川は男で父であるような気がするからですかね。
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魔法的印度(マジカルインド)で撮影するのも残り1週間程になりました。このFW1番長い滞在のインドですが時間が流れるのがやっぱり早いです。あっとインド間です。後半の撮影はインドの南にある西ガーツ山脈に行きます。青嵐のネネちゃんの護衛をしながらネネちゃんに負けない森の写真を撮ることが目標です。一枚、大きく捉えた森が夕日に照らされ茜ともピンクと言えないほんのり青がった空の光を浴びて森が恥じらってるかのような写真か、澄み切った冷たい空気の霧の中、まるで夢の中を歩いていたら出会ってしまった一匹の生き物の様に美しくも危険な力を放つ山の写真が撮れたらいいです。
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写真は初日のSilent Valley National Park

写真刑事~見えない犯人との戦い~

ヒンヅー教の聖地、聖なる川、死者を流す川、沐浴の川、洗濯物を洗う場所、インドはヴァラナシに来ています。インドでも有名なガンジス川が流れているところです。イメージの通り川は想像以上に汚く、牛と犬と山羊が糞をして、子供も糞をして、ゴミを川に流して死体までも川に流すガンジス川。けれども川に流れるエネルギはーそんな汚さをも飲み込み一つの大きな線になり流れています。

 

DSC06075blog「あゝガンジスよ、そんなあなたに私は浸かりたい」と言いたいとけれど僕は浸かりませんでした。4,5年前海に入っていたら右肘に悪性の腫瘍ができる感染症にかかり切除するハメになったことがあり、それ以来少し怖くなってしまいました。そんな汚さを物ともしないインドの人々の身体と心は強いです。けれど川を見るぶんにはいくらでも眺めていられる川です。子供はプールのように川を使い、カップルの憩いの場としての川にもなりインド人の心の川はやっぱりガンジスなんだと感じます。そう言うような人々に信頼される川はいつまでも長生きしそうですね。

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何を書けばいいのかヴァラナシについてはあまり書けません。書けないことだってあるんですね。思い出される事がないとか、町に何も無いとかじゃないんです。

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そこに住んでいる沢山の奴らが僕の目をこじ開けてどんどん入ってくるんです、ノックもしないで突風のように入ってきてドガッと腰をおろすんです。なんだなんだと思って覗こうとするとそこに奴は居なくて「なんだ気のせいか」と思うとまた別の奴が入ってくる。そうやって僕には見えないように色んな奴が踊ったり回ったり転がったりしながら、それでも決して僕には見られないように目に入ってきます。そして僕は覗いても見えない「奴ら」の重さだけを感じ、奴らの吸いかけの煙草や飲みかけのコーヒー、ドーナツの袋を見つけては、奴らはここに居たんだなと思い、僕はそれらを写真に撮る。

DSC06029blogまるで奴らは証拠を残しておいて探してごらんと言ってる愉快犯のようで、そして僕は犯人を追いかける一人の新米刑事なのであった。

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クラスメイトの歌

ひとつひとつの写真に思い出があるようにそれぞれの曲に誰かを重ねて聴くことがあります。想いを重ねる訳ではなくあくまでその人のイメージで聴くことがあります。僕のブログだけではなくクラスメイトのブログも皆さん読んでいることかと思いますが文だけだとそのその人のイメージが掴みにくいかと思うので僕が彼らのイメージに合う曲を紹介してそれで他のクラスメイトのイメージを構成してもらい改めて各々のブログを見ていただけたらいいなと思います。

 

曲名がリンクになってます。

それでは行きます。

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どんな事をGive and Take してきているのでしょうか。最年少ニュージーランド帰国子女こと星くんはアジアの人々の「仕事」を撮影しています。(僕の父も撮ってもらえるのでしょうか)彼に合う曲は classの「夏の日の1993」です。彼は爽やかで、色も黒くラグビー留学していたこともあって爽やかに恋に落ちて欲しいのでこの曲にしました。普通の奴だと思っていたら LOVE人違い。早く彼のトビウオを見つけてもらいたいです。

 

恋の嵐から抜けだせることは出来るのか青嵐ことネネちゃんですね。彼女は森の力に魅せられ森を撮影しています。そろそろ乙事主(もののけ姫)になるんじゃないかと心配になりますがその位どっぷりとテーマに入っていくとこは撮影の中で大切な事だと思います。彼女にプレゼントする曲は渡辺美里のMy Revolution 第2章です。森を追いかけるなら容易く泣いちゃダメさと、しっかりデイダラボッチに会うまで森にこもってもらいたいです。

 

フィールドワーク男子陣のおふざけにも対応できる鋭いツッコミはどこから来るのか、撮影地の廃墟から拾ってきているのかもしれない!男も廃墟も恐れぬその勇気と好奇心で撮影に挑んでいる「SHORT TERM 12」 (12が何なのか分からない)こと藤林。そんな彼女には広瀬香美のロマンスの神様のような恋をして欲しいですね。廃墟のような危険な恋ではないです。写真良ければいい、そんなの嘘だと思いませんか?Fujibayashi meets 廃墟。素敵な恋人も見つけて欲しいですね。

アジアの大きな都市での撮影が多く可愛いアジアの女の子とも出会う機会が多い、大袈裟な荷物持ちの久保くん。都市では毎回しっかりと撮影をしていることでしょう。いつも大きなカメラを持って人々の家の中の撮影などをしています。誰とでもすぐ仲良くなれるスキルが高いので凄く羨ましいです。けれど将来アジアの女の子達からシュガーのウェディングベルを合唱されないといいですね。僕はきちんと「おめでとう」と言いたいので。

自称か通称か永遠のモラトリアムこと諒さん。※ブログのタイトルは撮って撮って撮りまくる、です。アジアに住む日本人を撮影しています。知らない土地で日本人を探すのはやっぱり大変らしいですが頑張って見つけては撮影してほしいです。人よりも探究心がある彼には ORIGINAL LOVEの接吻 kissが合いそうです。深く果てしなく写真も好きな人も知っていって欲しいです。

 

ルックス年長者、アッキーこと秋元さん。(アジアの国々へ)日本でも長く撮り続けてきた貧困者層をアジアでも撮っています。誰にでも優しいその心で被写体の人達とも仲良くやっていることでしょう。そんな優しい男には T-BOLANの離したくはないが似合いそうです。被写体への気持ちと恋人への気持ちを離さないで欲しいです。

インドの前半を一緒に行動した、みんなのお兄さん的存在Sightwalk小山さん。ストリートスナップで都市や街を切っているようなスタイルだと僕は感じます。そんなスピード感ある小山さんの写真とは逆に恋の出会いはスローモーションなのかもしれないですね。(中森明菜)
そんなみんなの後半引率の古市さん。大人の女性にはどんな曲が合うのでしょうか。僕はユーミンの影になってをオススメします。とても詩的でロマンチックだと思います。
みんなそれぞれ勝手にイメージをつけられて可哀想ですね。僕自身はやっぱり山下達郎の高気圧ガールがいいです。

星たちのあそび

ジャイサルメールまで六時間のバス移動をして到着しました。汗と埃の匂いをめい一杯身体に吸収して降りた地は想像以上に砂埃が舞っていて砂漠の中のオアシスかと期待していた僕は少しがっかりしました。けれどその期待はずれの雰囲気も身体に染み付いた汗の匂いもシャワーを浴びれば綺麗サッパリ流れてしまいました。お湯が出ない水だけのシャワーも、気温が40度もあるこの土地ではなんだかいい気がします。町には犬の代わりに豚が沢山いてそこら中豚たちが闊歩していて、もののけ姫みたいです。汗かきべそかきの僕は暑くて全く外を歩く気がしません。
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ジャイサルメールの目的は砂漠へいくことでした。砂漠と言う砂漠を見たことのない僕は他の惑星に行くかのように興奮していました。僕らは夕方ジープに乗り込み砂漠のある方面まで40分程車を走らせました。荒野の途中、大きなの下が待ちわせ場所になっていました。車が樹の下まで着くと丘の向こう側からラクダを連れたラクダ召いがゆっくりと現れました。近くまで来ると想像以上にラクダが大きくて驚きました。ノソノソと歩く様は気だるさを通り越して「人生急がず行こうぜ」と言われているようでした。ラクダ召いの合図できちんと地面に伏せ僕らはラクダの背中にまたがり、そして合図とともに起き上がるラクダ。後ろ足から立つため立ち上がる感覚はロデをに乗っているのと似ていました。なかなか勢い良く立ち上がるため落馬ならぬ落駝(らくだ)しないか心配にもなりました。DSC05958blog

ラクダに乗り落駝しないように気をつけながら荒野を進んでいきました。すると少しずつ砂の盛り上がりが見えてきました。ラクダにも性格がちゃんとあるようで僕の乗っていたラクダは僕と似ていて荒野を行く中周りの草をつまみ食いして歩いていました。他のラクダはまったく食べていないのに、そのラクダだけは毎回近くの草をムシャムシャ食べるのでした。その数はなんと20回超。数えていた僕自身何をしているんだろうと思いました。ラクダ達、沢山食べる分だけやっぱり出るものは出ます。ラクダ達は1列に並ばされて歩くんですが前のラクダがオナラはするわ、おしっこはするわ、クソはするはで後ろを歩くのが少し嫌になりそうでした。遠慮なしにオナラをする様はまるでリビングでくつろぐお父さん思い出しまた。ラクダ=お父さん?ってことは僕もラクダなのかもしれません。おしっこの場合尻尾が揺れて若干足にかかって来るのが気になるところでした。お尻にはコルクでも詰めておきたいなと思いました。けど勢いよく飛んできたら怖いのでやめた方がよさそうですね。
OLYMPUS DIGITAL CAMERAそんなことを考えていたら砂漠についてしまいました。思っていたよりも小じんまりしていた砂漠は故意に作られたのではないかと思うほど砂漠で砂漠ではなかったです。この砂漠で一晩過ごすのかと思うとやや気が引けてきましたが何事も経験、意を決して腰を下ろしました。

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腰を下ろしスペインやイタリアからきた人々と雑談をしていたらラクダ召いがとても美味しいチャイを淹れてくれました。なにか薬が入ってるんじゃないかと疑う程美味しいチャイでした。鉄のコップの汚れも砂埃も気にならないほど美味しいチャイでした。どの位美味しかったかと言うと、夏の海で銛を持ち素潜りで魚や蛸を取りに行き2、3時間のバトルの末なにも収穫がなく戻ったキャンプ場で食べる日清のカップヌードル。その位美味しいです。身体に染み渡る美味しさです。脳が「美味い!」と叫んでいました。思わずおかわりを求めたら少ししだけ淹れてくれました。

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夕食を済ませるとすることはなく焚き火も消され辺りは暗くなり用意された簡易ベッドに横になり星を眺めるだけの事しかありませんでした。今まで見たことのない星の数はまるで眼を閉じているのか開いているのか分からなくなるほどでした。眼を瞑っても星の残像がまぶたの裏に現れ、全身に星の雨を浴び、星たちは細い光の糸を垂らし僕を少しずつほんの少しずつ夜空へと釣り上げていくのでした。

クジラ>数学者

毎回何を書こうかと悩みます。いつも書くことが無くなりそうな気がしています。けれど一度きちんと決めた事はやりきりたいです。すぐなんでも投げ出したくなるので他の人の倍やらないといけません。「倍じゃなくて他の人の三倍やりなさい」といつも母に言われていたことを思い出します。「なんだ三倍でいいんだ」って結構思うんですが三倍ってなかなか大変ですね。けれど本当に他の人の三倍やらないと並の平均には追いつけないです。高校時代、数学が大の苦手でした。みんなが想像つかない程出来なかったんです。こんなに声を大にして「数学ができないんだ」なんて言うことじゃんないんですが自信を持って言えます。「数学ができません」高校時代はいつも居残りさせられて数学の復習、そして朝早く登校して数学の予習、夏休みは学校で数学の総復習をしていました。それでも数学ができませんでした。授業中はなかなかできたんですね、けれどテストは残念なほどできませんでした。答案用紙が出てきた瞬間頭が真っ白になって一向に進まない状況が生まれていました。テスト中余りにもできなくて先生に「ふざけんじゃね」と言われ机を蹴られたこともありました。出来るものならやってるんですけどね、どうにも鉛筆が進まなかったです。紙に鉛筆を向けるとポッと全てが消える魔法の鉛筆だったのかもしれません。

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終いには「お前が数学を出来ないせいで先生が悩んでるぞ」ってなる始末でした。なぜ出来なかった(今も出来ない)かは謎です。例えるなら、いつもは仲良く数字たちと復習や予習をするんですが、テストになると数字や記号たちが何も話さなくなるかのようでした。何も語りかけてくれない、まるで昨日まで仲の良かった友達が何も話しかけてくれなくなる。そして無視される。結局のところ僕と数学はお友達になれてなかったんです。先生に言われるから仲良くしていたそれまでだったのかもしれません。

今では()やxやyを見ると頭痛がします。けれど来世があるなら数学者かクジラになりたいです。

ジョドプルからバスでジャイサメールまて移動しています。荒野の中を50人近いインド人を乗せて走っています。エアコンはないけれど窓から入る風が汗ばんだ身体も冷やしてくれて気持ちいいのだけれど時々鼻にくる男の汗臭さはどうにもぬぐえないです。そんなバスの中インドまで温めていたBeatlsのWithin You Without Youがインド感を高めてくれています。

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なにをもってそんなに僕らのことを擬視してきているのか分からないですけどやっぱりアジア人が珍しいのかとても見つめられます。気があるんじゃないかと勘違いしてしまいそうです。外国人が日本に来ても沢山の視線を感じることと一緒なのかもしれません。

(隣のおじさんが足を伸ばしてきてすこし厄介です)

このバスに6時間乗る予定なんですが中々ハードな旅になりそうです。この段階ではまだ1時間位しか乗ってません。インド、気に入らない所は沢山ありますがそれ以上に面白いことが多いので何でも楽しくなってきています。

(おじさんが僕のリュックに足を乗せ始めました)
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未だインドに対する興奮がおさまりません。全てが刺激的で嫌なことも嫌と思わせないインドの力は凄いです。右手と左手それぞれの指先を合わせて力を入れる。そんな風に一つ一つが押し合ってその間に新しいパワーが現れる。僕はその指先の間に挟まれているようです。

(おじさんは寝ました)

ジェントルマン・インディア

 

インドには何か秘められた宝があるんじゃないかとインドを知らない僕はそう感じます。インドは熱くて汚くてカレーが美味しくてチャイがあって少し危ない、その位のことしか知りません。そもそも汚いところがあまり得意ではない僕は少し気が引けるかと思ってたんですが国をかせねる毎に行きたくて行きたくてなりました。ついにその地に足を踏み入れた気分は上々です。

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(ジョドプルのブルーシティー)

インドはマレーシアのクアラルンプールからチェンナイに飛行機で入国しました。2日滞在したチェンナイを後にSightwalkこと小山さんと一緒にこれまた飛行機でムンバイを経由してジョドプルへ行きました。インドの航空会社の飛行機シートがやや大きめで心と同じくらい大きな僕の身体には調度いいです。チェンナイはインドの東側に位置していてそこから西へ向かったわけですが西から東へ移動していくと人の顔や肌の色も徐々に変化していくのがインド国内だけでも分かります。
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(Sightwalk小山さんと街の女性)

まだ滞在して3日目ですがインドは思っていたよりも多くの男性が紳士的であり、女性は逞しい雰囲気をうけます。日本の9倍の国土を持つインドに勝手にですが東と西では多少時差があるものではないかと思っていました。なので隣に座っていたインド人のおじさんに「今何時ですか」と聞いたらチェンナイと同じ時間を言われました。「インドに時差はないよ」と言われました。「こんなに大きいインドだから時差があるかと思っちゃったよ」と僕は言いました「インドは一つの時間さ」とインドのおじさん。その後も軽くどこから来たのかとか、旅をしているのかなどユーモア踏まえお話をしました。笑顔で微笑むと(変な笑顔ではない)優しく微笑み返してくれる彼らの笑顔はインドにきて思った第一素敵要素です。
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 (池にちぎったパンを投げながら撮影に応えてくれた街の女性)

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(インドのギャル達)

『睡も甘いも』

相変わらず新しいホテルだと中々熟睡出来ないです。寝るまでに時間がかかるし、なんだか匂いとかも気になります。けれど疲れていたり睡眠不足だと身体がベットに張り付きます。なんだかそれは小さい睡魔達が僕の身体に縄をかけベットに小さい杭で張り付けているかのようです。その時の身体はベットに張り付く感じが心地よく感じます。何度も身体を起こそうとするのにグイッと小さな睡魔達に引っ張られてまた身体がベットに落ちてゆく。それは眠りに落ちるまでの身体と意識との狭間のようで、甘いお菓子を食べた時に頬の奥の方に甘さが染みる感じにすこし似ていて少し癖になりそうです。小さな睡魔達がキャンディーを口に放り投げてきているのかもしれません。最終的には僕らの身体はズブズブと音を立てて柔らかくて白い眠りの沼に睡魔達が僕の身体を沈めていくんだと思います。

お昼寝が好きな人はきっとこの部分が好きなんじゃないかと思います。柔らかい沼に足を入れたら出てくるのは難しいかもしれないですね。その為に夢と言う名の出口があるのかもしれません。

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P.S. 機内食には鼻クソみたいな黒い梅干し味のようなキャンディーみたいたのが付いていました。