メインコンテンツへジャンプ

風の中で踊れ

モーニング・エゴ・タイム

朝5時まだ日の登らないクアラルンプールの朝は寒くなくむしろしっとりと汗をかける。早朝ランニング(やりもしない)をやったら良い汗かけそうだなと思い、その時に聴く曲は何が良いだろうか、激しすぎず大人しすぎない、朝を迎える為の曲は何がベストだろうか。Met At Work の Down Under が良いかもしれない。けどこの曲だと町中が奇妙な雰囲気に包まれてしまうかもしれない。いやA-Ha の Take On Me が良いかもしれない。TRFのBoy Meets Girl でもいいかもしれない。結局のところアップテンポな曲でランニングをするのが気持ちも身体も目がさめるのかもしれない。

 DSC05489blog
荷物をまとめ空港に向かうため駅に歩いて向かっていたが何故だが左腕のあたりが落ち着きませんでした。ソワソワの一つ手前の感覚、悪いことが起こりそうな感覚とは遠く離れていて良い事がおこる興奮とも違う何かを感じました。帰り道歩いていたらいきなり雷に打たれて白目を剥いてしまう、その位激しくそして瞬く間に脳を一種の勘の様なものがバシッと入ってきました。その違和感が何だったのかそれは左腕につけていた父からもらった時計が無かったことです。急いでホテルに走って戻りました。(その時頭の中で流れていた曲はYMOのAbsolute Ego Dance)「時計を忘れたんだ」と言ってチェックアウトしたばかりの部屋に入りベットの傍をみて下をみてベットを持ち上げたらそこにポロンとありました。「baby boy 僕はここだよ、ここにいるよ」とその時計は話しかけてくれていたような気がします。
 DSC05417blog
事件と言うと後はもうひとつあります。マレーシアのクアラルンプールで髪を切りに行きました。そこはモールの中にあって比較的綺麗でお店の外観も良かったです。20分ほど待ち席まで案内されました。席につくと僕の肘を肘置きに美容師さんが動かしてきました。切りやすくするためなのかなと思いました。右肘をおいて、左肘をおいて美容師さんは僕の右側に立ちました。するとなんだか右肘にぐいっと美容師さんの股間のあたりが触れるものですからびっくりして両肘を引っ込めてしまいました。とっさにコーヒーを下さいとお願いしました。その後も何度か肘の位置を直されたんですが少し怖気づいてしまってずっと引っ込めっぱなしでした。気のせいかなとも思いました。そのあと順調に髪を切り終えるとこまできました。もらったコーヒを飲もうとコーヒーカップにしてあった蓋を開けました。すると蓋についていた湯気が雫になり僕の太ももに落ちました(頭の中では、しまったと思いました)すると美容師さんはドライヤーで温風を当てながら、人差し指、中指、薬指の三本でサスサスしながら乾かしてくれました。髪を切り終えると髪の毛をセットしマッサージをしてくれました。脇らへんを重点的にマッサージをしてくれました。最後に肩を揉んで「終わりよ」と言われと同時に右乳首を軽く触ってきましたまるで僕のやる気スイッチは右乳首にあるかのように。それは既にやる気スイッチを通り越し怖気スイッチに変わっていたことを、彼だか彼女だかわからないですが知るべきだったのかもしれません。帰りに寄ったカフェで飲んだラテは飲んだ気がしませんでした。

カセットテープをしまう場所

DSC05293blog

マレーシアにきてそろそろ二週間が経ちました。二週間が経つと言うことは次の国への移動が始まります。マレーは二度目で着いた時から何だか具合と気持ちがパッとしない感じでした。何事も身体の調子がパッとしないと気が入らないです。目が痒いとか、口が荒れてるとか、咳が止まらないとか、腰が痛いとかほんの少しの事でも調子が良くないと全てに影響してくるのでやめてほしいいです。まあ全て自分のせいなんですが、タバコ、夜更かし、食べ過ぎ、お酒とまあどれをとっても身体に影響してきますね。けどどれも最高に楽しいんです。特に夜更かしなんか大好きで良く朝日を見てから寝たりしています。そんなに寝ないで何をしているのかと聞かれれたら何をしているんだろうと自分でも不思議に思います。大体は音楽を聴いています。音楽を聴きながら寝れる人っていると思うんですが僕の場合はまったっく反対で寝ることはできません。むしろ覚醒しちゃいます。何回も何回も同じ部分だけ聴いたりしてその曲をバラバラにしていくんです。そうすると全く違う音楽に変わるので皆さんにもやって欲しいです。歌手の歌い方の癖や、曲と曲の似ている部分探しなど。カセットテープなら擦り切れるまで聴く派だと思います。切れたテープは捨てずにきちんと「擦り切れたテープ箱」を作って溜まっていくのを一人楽しんでいるんじゃないかと思います。そうやって自分でもどうしていいか分からないような思いを何か自分以外のモノに無意識のうちに擦り込めていたりしていたのかもしれません。ただ今はそれがブログであり又しても音楽であり、そして「写真」なんだと思います。何かに昇華すると言うより自分の中に溜めておいておけないフツフツとしたものを自然と色んなものに流し込んでいるんんじゃないかと思います。DSC05444blog

マレーシアには友人達がいて今回は結構頼ったりしていました。ご飯に連れて行ってもらったり、夜まで一緒にコーヒー一杯で沢山話をしました。(加藤登紀子の時には昔の話を) 友人は去年行ったマレーシアの研修で初めて会いました。その後東京にも遊びに来てくれました。二週間程東京の家に泊まっていたんですがあまりどこにも連れて行ってあげられませんでした。少し後悔しています。彼は仕事をしているんですが仕事終わりや休みの日に多くの場所に連れて行ってもらいました。そうやって遠くから来た異国の好青年に対してこんなにも親切にしてくれて約1年ぶりに会ったのにもかかわらず変わらない友情があるのはとても嬉しいです。持つべきものは友達と家族ですね。

DSC05349blog

 

頬から落ちた夏

最近きちんと時間が進んでいると実感します。その時間ってのは世界の標準的な時間、日本が午前2時13分でタイは午前0時13分でとかではないです。当たり前の事だけどれども各々の時間が進んでると感じます。ゆっくりと一歩一歩地に足を着けて歩いてる人もいれば、ジャンプしながら進んでる人もいれば、少し休憩だと思ってベンチに腰をかけてじっくり話をしあう人たちもいると思います。

DSC05449blog

先日、久しぶりに鼻をすする音や震える声を聞きました。聞きましたって言うとすごく客観的にいってるようですがドキドキしながら聞いていました。泣いている時そんな涙なんて関係ない位にきっと感情が高ぶっていてある種のトランス状態になっているのかなと思います。涙の種類にもよりますが。
僕自身最後に泣いたのはいつかなと思うくらい泣いていません。まあ思い出せるのは思い出せますが。泣いていないせいで涙袋はパンパンで早く放涙しないと何のタイミングでいつ決壊するか分かりません。決壊したらふもとの町は涙の海になるに間違いないです。けどたまに朝起きるとなんとなく涙がちょちょ切れてて「悲しい夢を見たのかな」と思う時もあります。

けどやっぱり自分の涙よりも人の涙の方がどうして良いか分からなくなります。笑えばいいのか、逃げたらいいのか、寄り添うべきなのか分かりません。雨だったら傘をさせばいいんですけどね。

関係ないなんて言いたい訳ではないんですが、こうどうも涙用の傘やカッパが欲しいなと思います。あと長靴も欲しいいかなと。その上で涙の町に入っていきたいかなと思います。
最近は泣いてはいませんが比較的泣き虫な方なので小さかった頃はよく泣いていたような気がします。母によると少し情緒不安定気味だったと言っていました。どんな風に情緒が不安定だったかは覚えていません。

DSC05462blog

けれど怒るというよりふとした瞬間に何かが切れてよく物を壊していたような気がします。壊さないと気が済まないと言うより気づいたら壊わしていたと言う方が近いかもしれません。今思うと色んな物を壊していました。覚えているものだとゲームをしていた時何度もやっても上手くいかないステージがあって何回も何回もトライしましたけれどそれでもダメで思いっきりコントローラを床に叩きつけたことがああります。そんなに力強く叩きつけたとは思ってなかったんですが思いの外強く叩きつけていたみたいでコントローラは壊れてしまいました。ものに八つ当たりするのは良くないです。

 

「壊す」だけで言うと色々出てきます。まずは家の近くにあった田んぼの話をします。田んぼには沢山の思い出が詰まっているんですがその中でも一際印象に残っている事件です。

田んぼが水を張る時期、水が張るって事は色々な生き物たちが住み始め子供たちがその生き物たちを捕まえにくる時期でもあると僕は思います。当たり前に綺麗に整えられた田んぼにヅカヅカと入ったりイタズラをしていた小さい頃の僕らはしょっちゅう田んぼに水を張るための側溝からでる水を勝手に止めたり勝手に流してみたりしていました。

DSC05518blog

ある時その田んぼの水を張る所を壊してしまったことがありました。側溝からでる水は少し硬く積み上げられた泥で囲われていてためその泥をのけると水が出る仕組みになっていたのです。故意的に壊したわけではなく多分踏んだのかもしれませんし壊したのかもあんまり覚えていませんが。ですがその時、田んぼ婆さん(田んぼの主)が現れてしまいました。当然の如く僕は家まで連行されました。田んぼ婆さんも自分でささっと直せばいいのにわざわざ僕の母のところまで行って、かなり誇張しますが「このクソガキが田んぼを壊したしたから直せ」と言ったそうです。母も母で「じゃあ直してやるわよ、田んぼ婆さん」と言うようなお互いに好戦的な態度だったそうです。

その時どんな風に直したかまでは覚えていませんが、暑い夏の日ちょうどお昼を過ぎた頃か15時の休憩くらいの時間だったのか。町の人は誰もいないなか母と2人田んぼを直しに行ったその時。揺れる緑の稲のなか真上から落ちてくる陽に照らされる母の汗の付いた横顔を僕は今でも覚えています。遠くからは暑さを応援するかのようにミンミンゼミが鳴いていました。

DSC05452blog

ポテトフライな夜

その日は、ひとりレストランでキノコのパスタと飲み物はコーラを注文し食べていました。注文したパスタがくる頃には雨が降り出しました。かなり激しくなってきてしまいには雷がなりだしました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

雷がドガドガなるとよく弟達と雷がなったら光ってから音が鳴るまで何秒かかるか一緒に数えていました。どんどん音が聞こえる速度が速くなってきて真上の方にまできて「おへそが取られるぞー」なんて言って布団に潜ったりしていました。遠くなれば「雷行っちゃったね」なんて少し残念がっていました。そんな可愛かった弟達も勝手に大きくなっていてなんだか少し寂しいいです。2番目の弟は消防士になるべく試験を受けているそうです。3番目の弟は高校生になって陸上部に入り毎日走って走って走っているみたいです。4番目の妹は小さい時からやっているバレエを部活の後にいっているそうです。

みんなそれぞれ自分の意思で行動していて大きくなっちゃったんだなと同じ事を2度思うわけです。

DSC05359blog
コーラも飲み終える頃に「ライターを貸してくれ」と言われました。渡してしばらくすると店員やらがバースデーソングを歌い始めました。その時、ああバースデーケーキに火をつける為だったんだなと分かりました。直接は見えなかったんですが歌声のする方向からすと奥の席の3人家族のお嬢さんの誕生日なのかなと思いました。何故だか「こんな僕のライターで火をつけるなんてなんだゴメンナサイ」と思いました。

ホテルに帰り鼻血のようなシミのあるベットに横になり黄ばんだ枕に頭を置いた瞬間、自分自身の誕生日だったことに気付きました。バースデーボーイからもらった火でつけるバースデーお嬢さんのケーキの火はどのように吹き消されたのでしょうか。

DSC05375blog
せっかくの独りの誕生日少しいいレストランにでも行ってステーキとワインを頼んで「おめでとうマイセルフ」をしたかったです。そんな6月16日はそのレストランでデザートでバニラシェイクと山盛りポテトを頼んでポテトを残しました。

23歳も馬のように風の中を走り続けたいです。

 

 

 

雨の日の万年筆

2週間振り11回目の飛行機、三ヶ月間で11回も飛行機に乗るなんてなかなかない経験で毎回乗るたびに「あゝ今回で死ぬのかな」と思いながら離陸しています。
死んだら写真のデータだけは壊れないで欲しいなとか、大抵は海に不時着しちゃうからその時はどんな物が浮き輪代わりなるのかなと想像したりしています。バックとか飛行機のパーツの一部だったりとかなにか色々ありそうだなと思います。
ink-image
(飛行機の中で描いた飛行機の絵)
そんなに死を意識する事って日常生活ではあまりないとおもうんですけど飛行機に乗った時だけはしっかりと感じます。あとは車道付近を歩いてる時もなんだか少しソワソワしてしまいます。道路の工事なんかでショベルカーが土をトラックから降ろしたりしてたりしても「ショベルがこっちに振り向きすぎたら頭に当たって死んじゃうなあ」なんて思う時もあります。大きくて動いているものには自然と恐怖と言うかなにかそんなものを感じます。
ink-image (1)
(飛行機の窓の絵)
「青年よ、なにもそんなに怖がる事はないじゃないか」と言い聞かせたいですが。
地元の駅前から自転車で帰る夕道。トンネルを潜ってキノコじいちゃん(父方の父)のお墓を通り過ぎるとき心の中でお祈りをして線路沿いを独り自転車をこいでいる時の空を飛行機が通る時がありました。飛行機が出す独特の音が何か怖くてなるべく早く自転車を走らせていました。
夏も終わると日が沈むのが早くて自転車をこいでいる時の汗は夜風には余りにもしっとりし過ぎていて何かが後ろにいるような気がしていつも一生懸命自転車を漕いでいたような気がします。
墓場を過ぎたあとの車修理の工場、秋になると何かを燃やす公民館の前の田んぼ、鉄格子で囲まれた何もいない小さな水貯め、小学校の裏の神社の木々と給食室の青い光、誰もいない校庭、一直線に家に帰る為の近道は怖かったです。
そのせいか1人で歩いていると必ず後ろを何度も見てしまう癖があります。なにも無いって分かってるんですけど振り向いてしまいます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

東京最後の日は雨でした。青のインクの万年筆をもらいました。青のポールペンが好きなので日記の中は青色です。万年筆なんて貰ったことがなかったので嬉しかったです。少し大人に近づけたような気もしました。インクがサラッと紙に染み込んで、字が汚い僕でも字が綺麗に書けるんじゃないかと期待してしまいました。
リビングから見た外の雨の景色が忘れられません。