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風の中で踊れ

Give me double whisky

久しぶりにブログを書きます。こうやってブログの機会を得て学校を卒業しても何かと自分の母校を思い出すことがあるのは良いことなんじゃないかなと思います。今現役でFWに行っている12期をみると1年があっという間で多くの事が振り返れて楽しいいです。各国での撮影での経験が写真だけではなく少しずつ自分の進んだ道に良くも悪くもその根を伸ばしていることをひしひしと感じています。居酒屋に行き、働いている外国人の店員さんがいると「どこから来たの」と問いたくなりベトナムやミャンマー(ミャンマーは行ってない)などの東南アジア圏の出身であると何故だか親近感や勝手な親心というか日本での生活は大丈夫かなどと言う気持ちになってしまいます。(むしろ自分の生活の方が心配なんですが。)不思議ですし店員さんは気さくな苦笑いをプレゼントしてくれます。
話は変わりますが今memorandom.tokyoで写真の連載「Give me double whisky」をしています。ベースは去年の写真の再編成で台湾からの写真を徐々に上げています。報告会などで見せられなかった写真や 新しく撮っているものも徐々に上げて行きますので是非チェックしてください。
帰国直後では自分自身で気づくことのできなかった写真の見え方や捉え方があふれ出てきます。写真が熟成されていくように感じます。「写真」は過去のことを何も変わりなく、ただ撮ったその当時をその写真紙にみせているだけなのに。写真は言葉を覚えたばかりの子供のようにどんどん話しかけてくるように感じ、無邪気があまり傷つけられそうになる時もありますが。そして写真ひとつひとつが写真作品というものを超え、とてもプライベートな自分の子供のように思ってしまう時が多い近頃です。そう言うような写真愛が育まれるのもとても楽しみになっています。作品としても自分の写真としても力強いものになっていってほしいです。
 

狼煙の行方い

帰国報告会が終わりました。ご協賛いただきましたオリンパス株式会社様、株式会社ピクトリコ様、ありがとうございました。そして友人、家族、先生、多くの人の支えがあったからこそのFWがあったし、素敵な報告会ができたとおもっています。ありがとうございました。

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帰国してからの慌ただしかった日々ににひとつピンを打てたような気がします。(ピリオドではない)そのピンが続いて行けば良いなと思いますし、そうやって年輪のように大きくなって深みのある男になりたいです。暖炉で焚いたらしっとりとこくのある匂いを出す煙のようになりたいです。

 

そう言えば友達の家にいったらサウナがあって蒔きを焼べて石に水をかけて蒸気をだして蒸されことがありました。汗をかいて、水を浴びて、汗をかいて、水を浴びての繰り返しなんですが汗をとてもかくんですね。人より代謝がいいのですぐ汗をかくのですがたまに汗が出過ぎてしまってるなと感じる時があります。肌にも気持ち的にもいいんでしょうけど僕の場合、悪いものがちょっと出され過ぎているんじゃないかと感じてしまいます。清潔くなりすぎてトンチンカンな事をしてしまいそうになります。足が軽やかになり、煙草を吸うのをやめたくなり、お酒が口から遠くなりすべて健康的になり過ぎてしまうんじゃいかとそう思います。いいものだけを集めるのもいい気もしますが、少しは遊び心というかスパイスとして身体にもなんにでも欲しいいんじゃないかなと思います。

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最近は自分の写真を編集しているのですが見れば見る程自分の写真が自分の元から離れていってどこか遠くの出来事だったかのように感じてしまうことがあります。まるで映画のエンディングとでも言いましょうか、いつか消えて無くなってしまうのではないかと感じてしまいます。「おわり」と言う文字が下から流れてきはすっと消えていきそうです。なぜそんな風に感じるかは分かりません。

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花について。僕自体はあまり花束をもらうことはありませんが花をあげることはします。一輪であげたり束であげたり、家に買って帰ったり。きちんと終わりがあるのが「いいんだろうな」と感じます。花が咲いて枯れて。枯れたら終わりと言うか一種の生から死までを見ているようで不思議な気持ちにさせられます。葉や花びらがぐったりしていきバニラアイスのように溶けていくようにも見えます。葉も花びらも重力には逆らえないのか暑くてうだっているのか首を曲げて疲れているようにも見えます。きちんと水と水切りをしてないせいかもしれません。けれどなんだか花って少し寂しく感じてしまいますね。話せるならなんて話かけてくるんでしょうか。僕の家にいる花は「タバコガケムイヨ」なんて言いそうです。

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心ジャケット

夕方町を少し歩きました。夏より風が冷たくなってきてていつも通り夜中まで一緒に遊んでいる友人は目を覚ますと疲れたと言い少し風邪気味になっていました。町中を歩く人、ランニングしてる人、買い物をしてる人、何処かへ行くと言うよりは足早に家に帰る様にも見えました。先週まで汗をかくほど暑くて早く涼しくならないかなと思っていました。けれど涼しくなるとなったで何だかこれまでの激しかった半年間の夏、半年の写真旅行が終わったんだなと改めて実感しました。虚しい気持ちほんの少々、達成感少々、写真への決意多々。終わったと言うより本当に始まったんだなと日々痛感よりも快感しました。耳にする音楽は少し寂し気で食べ物は少し温かいものを好むようになりました。

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夏は日が長くていつまでも暑くてどこへ行っても人がいて物音が絶えなくて自然と時間が過ぎるのが早かったような気がします。今ではもう夕刻五時になると真っ暗で。喫茶店に入りコーヒーを一杯頼んで小腹が空いたからフライドポテトを食べて店を出るともう夜で。夜は好きなのだけれどもここから始まる夜はあまりに長すぎて。そこまで寒くないのに少し厚めのジャッケとを羽織ったりして。それがまるで自分自身に被せているようで何を怖がっているんだろと、ふと自問自答してしまいました。dsc09223

春から始まり夏に飛び、秋を通り冬を越す。なんて月日がすぎるのは早いのだろうか。少し悲しくなりました。何をしていなくても時間は過ぎるし何かをしていても時間は過ぎるし。季節は僕らにいたずらだし。心は移ろうし、どんどん加速するこの体感時間は止まらないのでしょうか。お母さんが作ってくれた温かいみぞれ鍋が食べたいです。dsc09119

シカオ

東京に帰り次の日に僕はさっそく実家に帰りました。実家にいた時間はそれほど長くなくて翌日には青森に向けて旅立ちました。高校からの友人渡辺と男二人旅でした。東北の上の方はあまり行ったことがなくて中学生の頃仙台に研修にいったり、夏の海に家族で行ったりとしっかり町を見て回るといったことはしたことがありませんでした。
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朝6時に出発の予定でしたが気づいた頃には7時になっていて自分の意思の弱さを痛感しました。母親に作ってもらったお弁当には2種類のオニギリ、卵焼き、ソーセージ、きゅうり、たこリングのフライが入っていました。高校生の頃は3年間お弁当生活だったので久しぶりに弁当らしい弁当を食べて懐かしさに心が優しくなりました。dsc08916blog
車で東北道を北へ進みました。渡辺と交代ずつ車を運転しお昼頃には青森につきました。何を話していたのか分かりませんがずっと話していました。車をそのまま白神山地に向け走り続けました。ブナの森を軽く散策しました。やっていることが年寄り臭くて少し自分達にがっかりしつつもブナの森を歩きました。父から持たされた熊除けの大きな鈴はブナの木々に落ちる柔らかい小雨の音は消されていきました。
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2日目は十二湖へ行きました。青池の帰りお土産屋さんに寄ったのですが青森の名物かなにかの林檎酢ジュースが試飲できました。一台のジュースの機械が置いてあり「お一人さま一杯まで」と書かれていました。機械わきに置いてある白い試飲用コップを使い飲むようになっていました。試飲機械の前には1人の女性の観光客が立って試飲していました。言葉からすると外国人だったと思うのですが彼女は水筒を持っていたんですね。登山用に自分の水筒をもってきたんでしょうね。ちょこっと水筒に入れて試飲していました。やや酸味があるのものだったのでやや渋い顔していました。外国人の人はあんまりお酢は飲んだりしないだろうから驚きなんだろうなと思っていました。店内を軽くて見て何か買おうかなと思いましたがあまりパッとするものは無くてお店を出ようしました。するとさっきの試飲の女性が一緒に来ているとみられる仲間になにや飲ませていました。よく見るとそれはさっきの林檎酢のジュースでした。ジュースは水筒にたっぷり入っていてそれを友達に分け与えていました。意外と気に入ったのか口元まで水筒を持ちあげて飲ませてあげていました。dsc08946log
一杯までと書いてあったけどその一杯は違うんじゃないかなとも思いましたが美味しそうに飲んでもらえてなんだか微笑ましくなりました。

くノ一

上海ボーイは東京ボーイになり、フクシマボーイになっています。久しぶりに実家に帰ります。久しぶりと言っても半年位なんですが、家族には会えるときに会っておかないと会えなくなってしまいすね。

久しぶりの東京は上海よりも涼しくて過ごしやすいですが家の中が外よりも暑くてしんどいです。エアコンをかけるとかけるとで寒くて扇風機は友達に上げてしまったままで家の中にあるのは埃だらけになった扇風機だけです。

国々を回っていると何処の出身なのかと聞かれ「お母ちゃんの股からだ」と言えとタイ人に言われたのを思い出しつつもいつも「FUKUSHIMA」といいます。そうすると大丈夫なのかと聞かれます。地震の事なのか、原発のことなのか、色々思うんですが大丈夫だと答えるしかないと思うんですよね。僕なかんは避難地区ではないし、津波もなかったから、ほぼ大丈夫でしたが。DSC07814blog

実家に着くと家族は相変わらずでした、それぞれしたいことをしていて弟には「アジアに行っていったい何が変わったのかな」なんて言われてしまいました。ばあちゃんはカレーやこずゆを作って待っていてくれました。お母さんは髪が長くなっていて、お父さんは痩せたと自分で言っていましたがあまり気づけませんでした。それよりも弟妹が会うたび成長していて毎回驚きです。妹にはオッパイができていてお兄さんは少し目線のやり場に困りました。なんせ猿みたいだった妹だったのでそんな彼女にオッパイがあると思うと少し困惑してしまいました。

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(女になってゆく妹)

夕方飼い犬のモリゾウと散歩をすると自分の故郷を作るものが案外多いと気付かされました。

庭に水やりを終えた後のしっとりした匂い、家が建てられた田んぼ、ガゾリンスタンドの匂い、友達家族が住んでいたマンション、昔からある駐車場、いつも破られている網、遊具がなくなった公園、家から溢れる夕食の匂い、ゆらゆら揺れる大きな木、切り揃えられた木々、同じ場所にある自販機、不気味な家、角のゴミ置場。普段意識してみることのない景色が、実は僕らの小さな記憶や僕ら自身を作っているんだなんと思わされました。DSC07875blog
実家に遊びに来てくれた高校の友人は素敵なお母さんをやっていてました。一緒に自転車に乗って高校に通っていたのに今ではもうお乳をあげるようになっていて、また別の次元で彼女の生活が進んでいてそうやってだんだん大人になって行くんだなと思うのでした。

帆に風

 インドネシア出国の時に書きました。
早くも2ヶ月半が終了していつものムダに大きなバスをチャーターして空港に移動する。毎回バスには日本語が話せる現地のガイドさんが付くのだが帰りのバスでガイドさんって必要なのかと思う所はある。

それでも母国語ではない言葉を見ず知らずの日本の若者に一生懸命話してくれる彼らはとても良い人なのだろう。

ジャカルタは渋滞が酷く歩いた方が早いくらいに全くもって進まない。

各国2週間ほど滞在して朝なり夜なりに空港へ向かうバス車内は不思議で皆んなその国の振り返りをしているのかように一人一人席が離れていて外に視線を向けるなりしている。疲れて眠っている人もいる。

20代そこらで東南アジアの国々を周っている僕らは、広い海を一人舟を漕いでいるかのように思えます。

大きな荒波もあれば穏やかな波もあり、時々島から人々が話しかけてくれたり、果物を投げてくれたり、大きなクジラに出会ったり、漕いでいる途中に拾ったガラス瓶の中には家族や友人、恋人からの温かな手紙が入っていたりもします。(僕には恋人はいません)

独りで漕いでいたと思っていた舟の帆に受けていた風は僕らを知る人々が遠くから大きな扇で仰いでくれていた風だったのかもしれないです。
そんな風をしっかりと帆に受けてどこまでも行きたいと思います。
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女海賊の宝は

 

 

僕のばあちゃんが救急車を呼ぶ怪我をしたと父からメールが来ました。

転けて唇を切り5針縫ったとききました。膝が元々悪いので膝も心配でしたが膝は割れてなかったそうで安心しました。
口に5針と想像したら海賊みたいだなと思い少しクスッと笑ってしまいました。それでもって杖も持っているし中々似合うかもしれないです。

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まあこうは書いていますがとても心配です。ばあちゃんが心配性でそれを継いでお母さんと来て僕までその血を継いでしまいました。

ばあちゃんのオッパイを飲んでいた(飲まされていた)ほどに、ばあちゃんっ子だったので彼女との想い出はたくさんあります。

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庭に生えていた柿の木の枝で作った落とし穴にばあちゃんを落としたり。ばあちゃんの飼っていた雑種の犬のたろうちゃんの犬小屋に入って寝たり。ゼイラムのイリヤのマントを作ってもらったり、一緒にサーカスを見に行ったり。ばあちゃんの実家に行ってウドを丸かじりさせられたり。ばあちゃんの作る梅の葉を笹にまいて吸ったりして少しずつ大きくなっていきました。

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福島の実家へ帰るたび大きな鍋でカレーを作ってくれます。
ずっとばあちゃんはばあちゃんのままだと思っていましたが帰える度におばあちゃんになっていくのが分かります。ばあちゃんも人間ですからね。

ばあちゃんに欠かせないのがじいちゃんです。僕のじいちゃんも80歳近いのに物凄いアクティブなんです。趣味でアイススケートのコーチをやっていて好きなものは、「ばあちゃん」とお酒と写真を撮ることです。毎週、登山倶楽部なるもので沢山の写真を撮っています。僕の祖父母はどちらとも凄まじいほどのカメラマンでアルバムなんて200冊以上あるじゃないでしょうか。アラーキーに負けない数の写真を集出せますね。

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前にばあちゃんに大切な物は何かと尋ねました。彼女の大切なものは写真とアルバムだそうです。
早く2人に会いたいですけど2回目の帰国までは会えなそうです。

稲木の中に隠れよう

日本に帰って早くも一週間ほど経ちそうです。東京は梅雨入りしたのか雨も降り、風は雨とグルになったかのように冷たい風を吹きさらしています。長い傘を毎日持ち歩くには億劫で知人から頂いたカーキー色の小さな折りたたみ傘がとても役にたちます。

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小学生の頃から傘を壊す常習犯で雨の降った帰り道は、水溜りに飛び込んだり傘を広げて水をすくっては友人達と雨水のかけあいをしていました。家に着く頃には全身ビショビショで傘も長靴も僕には必要なかったのかもしれません。

小学六年間、雨の日はそうやって過ごしていました。水溜りに飛び込んでは水溜りの水が無くなるまで何度も何度も何度も飛び跳ねては、靴の中に染み込んでくる雨を足の親指と中指の間で感じていました。雨を喜ぶ蛙達と一緒に僕らは雨を喜んでいました。

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けれど高校生にもなると雨で濡れることや靴が濡れることが好きではなくなってしまいました。「好きではなくなった」のではなく格好をつけ始めたかもしれないです。髪型を気にしてパーマをあてたり、靴はおしゃれな靴を履いて遊ぶことよりもお洒落をすることに熱中していました。

それでも無性に鬼ごっこをして走りたくなったり、隠れん坊や色鬼や氷鬼にドロケに何も使わなくても身体一つで出来る遊びが恋しくなっていた時がありました。別に今だって出来るじゃないかと思うかもしれませんがもう出来ないと思います。子供の頃はもう鬼から逃げること、隠れることに必死でそれしか見えていませんでした。それは僕だけじゃなくて周りの友人達もそうだったと思います。近所の家の庭を走り抜けたり、人様の家のベランダに隠れたり、田んぼの稲木に隠れたり、ズルして友達の家で休憩したりしていました。

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日が暮れても追いかけ合っていました。勉強なんて全くしなかったです。宿題もした覚えはありません。

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友人のお母さんが作ってくれたカレーパン。おやつはいつもオニギリか目玉焼きだったような気がします。

 

水切りされない紫陽花

東京の家に帰って来ました。新宿駅から「日本のタクシー」を捕まえましたた。手をあげればとまると思っていた僕は驚きました。背中には大きなバックパック、前には汚い黒いリュック、半袖短パンに肌の黒さも合わさり手をあげても全く止まってもらえず少し悲しくなりました。

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少し歩いてまた手をあげてタクシーを捕まえることができました。家に着くと案の条、玄関は空いていて同居人が友人にデッサンを教えていました。少しもしないうちにもう一人来て「オヤジ」と叫ばれました。髭も生え黒くなりタバコを吸いながら腰をかけていたらオヤジに見えるんでしょうね。みんな全く変わっていなくて安心しました。しかし若干人見知りなのかぎこちないような感じもしました。

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けれど夜にはみんなで近くの居酒屋にいき久しぶりに日本食を食べました。ポテトサラダ、おひたし、色々頼みましたが友人が「ばあちゃんの家で出るようなもんばっかりやな、誰が頼んだん?」なんて言ってきました。そうおもうと味気の少ないものばっかり頼んでいました。アジアの食事はとても濃くて自然に味気がないものばかり頼んでしまいました。もっと若い時にしか食べれないものを食べるべきだと彼は言いました。確かにそうかもしれないと思いましたが、そうではないかもしれないです。

たまにはきちんと野菜も食べて僕は健康なんだと思いたいです。気持ちの問題ですからね。

 

 

P.S. 同居人は紫陽花の水切りをしていなかった。

風の中で踊れ

 

アジア出発まで残すところあと四日になりました。

他のクラスメイトを見ていると荷造りやら何やら色々な準備をしているらしいですが、僕の方はアジアに行く実感が全くわかずきちんと準備をすることができないでいました。

先日新宿ゴールデン街で送別会をしていただき、たくさんの方に送別品をいただいたりケーキまでいただいてやっとアジア出発の実感が湧いてきました。

旅立つその本人よりも送り出してくれる人達の方が「旅立つ人」とゆう事では何か感じることがあるんじゃないかと思います。

たった半年なんですけど友達と別れるのはすごく寂しいですし、日本でお花見ができないのもすごく悲しいです。

そんなことを言っていてもしっかりと送り出してくれる人達がいることに感謝しています。

なのでしっかりと「写真」を撮っていきたいと思います。

 

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