「関西札遊び」木藤 富士夫写真展 | 写真の専門学校 日本写真芸術専門学校

第32回 土門拳賞 受賞理由

受賞作の『AFRIKA WAR JOURNAL』は、コンゴ、リベリア、ブルンジなどアフリカ7カ国の紛争地に8年間通い続け、生と死の狭間で生きている人間の生々しい姿を描き出したモノクロ作品。
紛争が泥沼化するアフリカ諸国の殺戮と略奪が日常化した世界に入り込み、時間をかけ、卓越したフットワークと動物的な視点で、命の尊厳があっけなく葬り去られる、植民地時代から今も葬られ続ける生命の断片に光を当てた点が高く評価された。
生きる場が「戦場」となっている人間の無力を捉えた作品は、ひとの「尊厳」を見事に描き出し、従来の紛争地でのドキュメント写真とは一線を画した方向性を示している。

日本写真芸術専門学校に入学しようと思ったきっかけを教えて下さい?

当時、高校生だった私に、高校の先生が母校出身でカメラマンをしている卒業生を紹介してくれました。私はその卒業生 Iさんに今まで撮影した作品を見せたり、アフリカに行って写真を撮りたいという話をしたのですが、Iさんから、Iさんが学んだ日本写真芸術専門学校で講師をしている「樋口健二」という写真家を教えてもらい、写真集も貸してくれました。
当時樋口先生は原発をテーマに撮影していました。高度経済成長期を経て、経済大国になっている日本の中で、原発開発やその下で働く労働者にスポットを当てて取材し、撮影する事などタブーだったし、その日本という国を相手取って、引き下がらない樋口先生の生き方がアナーキーでした。
私はバイトをしてお金を稼ぎながら、II部(夜間部)に入学する事を決めました。

実際、学校の授業はどうでしたか?また、印象に残った授業や課題等あれば教えて下さい。

入学して思ったのが、学生の年齢差にかなりバラツキがあったのを覚えています。私は年が一番若く、かわいがられていました。千葉の実家から通うには遠かったので、同級生が看護士をしていたので、そこの寮に転がり込み、川崎の高津から通いました。その寮に引伸し機も設置して、暗室を作り、夜遅くまでプリントをしていました。工事現場のアルバイトと写真学生という二足のわらじを履きました。疲れましたけど、本当にたのしかったですね。 入学して教えてもらった先生では、吉江先生がとても面白い先生でした。先生を交えて、金曜日の夜には、渋谷の宮下公園跡地に集まり、七輪で焼き肉焼いて、お酒を飲む事もよくやりましたね。写真に関しては凄くガツガツしていたし、シビアな先生でした。

写真学校卒業後、すぐにメキシコに渡り、中南米・パレスチナ・アフリカと世界を飛び回り撮影をされてきましたが、その時のエピソードなど。

とにかく何処へ行っても、取り調べや拘束させられました。基本的に拷問のように肉体的な処罰を受ける事は無く、彼らの目的は『金』なので、それは外国から来たカメラを持っているカメラマンなどは、多額の金を所持していると思われて当然ですから。いろいろと難癖をつけて、取り調べ→賄賂を要求。が日常茶飯事でした。メキシコではビザを何度か取り上げられ、国外退去にさせられたこともありました。
丁度その頃、講師の鈴木さんがメキシコ取材をするので、情報交換をした事を、今でも覚えています。

途中、写真からビデオカメラなどの映像にシフトした方が良いというような周りからの声があったようですが、亀山さんの中での写真とは?

まず、ビデオ撮影と、写真撮影。両方を同時で行なう事はムリです。どうしてもクオリティーが落ちてしまう。確かにビデオの方が、お金にはなりやすい。素材としてテレビ局や通信社に売ってしまうので。ただ、自分が意と違う場面で使われる事も多々あり、現実が視聴者に違う解釈されてしまう恐れがあるので、私は写真を撮り続けてきました

これからの活動と展望について教えて下さい。

ネット社会は自由ですが、私の写真としては、”モノとしての感覚”というか”手触り”を大事にしたい。やっぱり生の写真を見てほしい気持ちがあります。そういった意味では、本は半分くらいが伝われば。と思っています。 あと、観に来てほしいのは中学生や、高校生くらいの若者たち。この間、親戚の中学生が写真展を観に来てくれて、見終わった後、写真集が欲しいと。親戚の子だからプレゼントするよ。って言ったけど、「いや、自分のお金で買いたい。そして、しっかりと持っていたい」って言って、頑として「お金払います。」って。あぁ・・・写真やっていて良かったな。と思いました。 私たちのドキュメンタリーの世界では10年くらいで一区切りというか、そんな流れがあり、私もアフリカを取材し発表したので、現在構想中です。知り合いに動画をする人もいて、コラボなども出来ればと考えています。 これから大阪でも写真展が始まりますので、是非皆さん足を運んで下さい。

富士フィルムフォトサロン東京

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