竹尾晃太郎(2年制昼間部写真科 ファッションポートレートゼミ)
聞き手/日本写真芸術専門学校 広報 佐藤

被写体は分身。自分も泣いたり、叫んだりしながら撮っている
Q. 今回の卒業制作のテーマとコンセプトを教えてください。
自分のポートレート作品には〈記憶〉と〈感情〉という2つの軸があって、今回展示しているのは〈感情〉の方です。人間誰しも、ドラマを見て「この状況に自分がいたら」と想像することがあると思うんですが、現実ではできない世界に写真を通じて介入するような感覚で撮っています。
被写体は役者さんなんですが、ある感情・情景を演じてもらいながら、カメラ越しでその世界に入り込んでいます。映画撮影に近い感覚かもしれません。

Q. そのアプローチには独自にたどり着いたそうですね。
日本写真芸術専門学校に入る前は、写真については完全に独学で、カメラ関係の友人もいなかったので、撮り方の正解が分からなかったんです。逆にそれが良かったのかもしれなくて、いい意味で自由にやれた。自分は感受性が豊かな方なので、気持ちのままに撮ってみたくて。特に今回の作品を撮った時期は精神的にいろいろきつい時期で、感受性がいっそう強く出ていました。
Q. 他者を撮っているのに「セルフポートレート」という感覚だそうですね。
気持ち的にはそうなんです。自分の感情をその人に落とし込んでいるので。撮影中は僕も同じ感情を保つように意識していて、走ったり叫んだりしながら撮っています。役者さんが泣いたりすると、「自分もその時こういう気持ちだったのかな」と気づくこともある。相手の中に自分を投影している分身みたいな感覚です。実際、僕も泣きながら撮っています。
Q. 「悲しみ」の感情にフォーカスした理由は?
悲しみや怒りって、引き出すのが難しい感情なんです。笑わせて撮るのはいつでもできる。でもカメラの前で本当に悲しんでもらうのは別の話なので。
僕は抽象表現が苦手です。たとえば悲しみを花に置き換えるというような、比喩などで表現するようなアプローチよりも、実際に悲しんでいる人の姿を直接撮りたい。考えてやっと分かるような表現じゃなく、いきなり見た瞬間に伝わってほしい。この時期にリアルな感情があったから、それをそのまま作品にしたかったんです。

イメージと音楽だけを伝えて、エチュードのように撮る
Q. 役者さんへの演技の伝え方を教えてください。
舞台用語で「エチュード(即興演技)」という手法があるんですが、それと同じアプローチです。感情やロケーションの設定だけ伝えて、あとは自由に演じてもらう。
撮影よりも先にステートメント(作品の状態を言語化したもの)を作って、その世界観に合う楽曲も選びます。
今回の撮影で使ったのは桑田佳祐さんの「明日晴れるかな」のイントロ部分で、車でずっとループ再生しながら現場に向かいました。車内はあえて重い空気を作っていました。理想の正解を設けず、出てきたものがそのまま作品になる。偶然性も含めてすべてが作品です。

Q. なぜ海をロケーションに選んだのですか?
普段の撮影では海をあまり使わないようにしているんですが、感情を表現する撮影では逆によく使います。海って人間の本能的なところで「死」とリンクしやすい場所だと思うんです。古代の人も、死んだ人は海の向こうに行くと考えていたそうです。本能的に死と海は近い。
そんな海で叫んだり表現したりすると、見ている人の人生観に直結しやすいと思っています。街中でやっても響かないと思うし、この種の作品は海だからこそ合う。逆に言うと、感情の撮影以外では大事にとっておくために使わないようにしています。
この撮影後には、1ヶ月以上カメラに触れなくなりました。撮り終わったあとにすごく消耗してしまって。役が離れないみたいな感覚に近いかもしれません。全部出し切ったというか、写真からも一度全部離れて完全にリセットしました。これまで650件以上撮ってきた中でも本当に数少ない、年に1回あるかどうかというものです。そこまで感情が揺さぶられることも普通はないですし、今の自分がまったく同じものを撮れるかと言われたら、撮れないと思います。

忘れられたくないし、忘れたくない
Q. 冒頭でもう一つの軸として挙げていた〈記憶〉とは、どんなアプローチですか?
〈感情〉のアプローチは自分を相手に投影する作品ですが、〈記憶〉は逆で、相手をよく知ることが軸になります。ポートレートにおいて相手のことを深く知り、その人に合った写真をつくる。普段笑うような人じゃなければ、無理に笑わせた写真は自然体じゃない。実際に活動しているモデルさんを撮ることが多いので、その人をみんなに知ってもらえる、好きになってもらえるような写真を目指しています。〈感情〉が自分を残す作品なら、〈記憶〉は相手を残す作品という感じです。
Q. 相手の記憶を残すために撮るのが、〈記憶〉の作品。
「忘れられたくないし、忘れたくない」という気持ちです。いま仲良い人も、数年後には関わりが変わっているかもしれない。そもそも仲良くしてくれている理由が、僕自身なのか、僕の写真なのか分からなくなることもある。でも少なくとも写真を撮っておけば、その人の中に自分が残る。自分も写真を見て思い出せる。
上手い写真である必要もなくて、スマホで撮ったものでもいい。パブリックに評価されることより、自分とその相手の間に残ることの方が大事な感覚があります。音楽がその時の感情を音で残すように、自分にとって写真はその手段としてたまたま合っていたんだと思います。
Q. 最近の撮影の変化や課題を感じることはありますか?
3年近く写真に費やしてきて、撮影数が増えるにつれてモデルさんと仲良くなりすぎて、どうしても遊び感覚になってしまうことがあって。撮影モードに切り替えられない時があるんです。それを改善しようと、最近は一件一件の撮影計画書を作るようにしています。〈記憶〉の作品に関しては特に、「絶対に忘れたくない」というマインドを徹底した生き方に沿わせていきたいと意識するようにしています。
Q. 今後やっていきたいことを教えてください。
作家活動は一生続けていきたいと思っています。展示の機会ももっと増やしていきたい。〈感情〉の作品も、その感情が湧いた時にまた作っていきたいですし、それこそ映画など映像作品にも興味があって、将来的には挑戦してみたいという気持ちがあります。