沿革

1966年 東京都渋谷区神宮前に日本写真専門学院を創立 初代学院長に井深徴就任
1977年 学校法人呉学園を設立
1978年 学院長に秋山庄太郎就任
1981年 東京都目黒区大橋に校舎建築・移転
1982年 東京都より学校教育法第82条の2、専門学校認可
校名を日本写真芸術専門学校に改称、 初代校長に秋山庄太郎就任
画像専門課程昼間部/2年制 広告写真、肖像写真、 報道・写真芸術科 報道写真専攻/写真芸術専攻 附帯教育事業/Ⅱ部/1年制 写真実技・専科を併設
JR東日本から学割認可 東京都専修学校各種学校協会に加入
1983年 厚生大臣より無料職業紹介所設置認可
1985年 総合校舎完成、目黒区より現在地に移転 画像専門課程夜間部を設置
広告・肖像写真科/報道・写真芸術科
1994年 専門課程/昼間部卒業生に対して専門士の称号が認可
1995年 夜間部専門課程の修業年限を2年制に変更
1996年 昼・夜間部/専門課程の全科に厚生大臣より 職業訓練法施行規則に基づく写真技能検定の受検資格の認可
1997年 画像専門課程昼間部/3年制写真科を設置
2002年 ネオモード写真教育院(韓国)との学務提携
2003年 藤井秀樹校長就任 セバスチャン・サルガド名誉顧問就任
2004年 画像専門課程昼間部/3年制 写真科フォトフィールドワークゼミを開設
2007年 (協)日本写真館協会の指定校となる
2008年 画像専門課程昼・夜間部の学科名を写真科に変更
2010年 竹内敏信校長就任
2015年 文部科学大臣より画像専門課程Ⅰ部写真科3年制が 職業実践専門課程認定校として認定
2017年 文部科学大臣より画像専門課程Ⅰ部写真科2年制が 職業実践専門課程認定校として認定
2018年 画像専門課程昼間部/3年制フォトソーシャルビジネス科を開設

学校ロゴについて

菊地敦己氏のデザインにより、2020年に学校ロゴが新しくなりました!
菊地 敦己
1974年東京生まれ。武蔵野美術大学彫刻学科中退。 1995年、大学在学中よりデザインの仕事をはじめる。ブルーマークを経て、2011年より個人事務所。 主な仕事に「青森県立美術館」VI計画、「大宮前体育館」サイン計画、「ミナペルホネン」や「サリー・スコット」のブランド計画、 『旬がまるごと』や『装苑』などの雑誌のアートディレクション、「亀の子スポンジ」のパッケージデザインなど。 とくに美術、建築、工芸、ファッションに関わる仕事が多い。主な受賞に、亀倉雄策賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞、日本パッケージデザイン大賞、 原弘賞、東京ADC賞、JAGDA新人賞など。